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Note No.6

小説置場

a festive mood

「まつりばやしがきこえる」

 遅い夕食を取ろうと入ったラーメン屋で、ついていたテレビにわずかながら顔を曇らせる。それを目ざとく見つけたのは仁羽で、注文を終えると世間話の一端のように、するりと尋ねた。
「嫌いなのか、お前」
「え? なに?」
 何の話をしているかわからないらしく、曖昧な笑顔を浮かべたままで尋ね返す。園田のこういう顔はよく見ているものなので気にすることはないのかもしれないが、眉間に皺を刻んで仁羽は重ねる。そんな風に、当たり障りのない笑顔を浮かべなくていいというのに。
「テレビ」
 簡潔に答えられた言葉で、園田は仁羽の言わんとすることを察したらしい。困ったような顔をするので、何となく溜飲が下がった気がした。無理に笑わないで、困ったならそういう顔をすればいい。嫌なら嫌だという顔をして、泣きたいなら喚いたらいい。
「え? なに、どーしたの?」
 テレビに背を向けていた成島が振り返り、園田の隣にいた遠山は少しだけ視線をあげて問題のテレビを見た。
「…オリンピック?」
 つぶやかれた言葉通り、映し出されていたのはオリンピックの風景だ。何の競技かはわからないが、現地取材中の五輪アナウンサーが熱く語っている様子だけはうかがえる。
「園田、見たくないの?」
 成島は意外そうな顔をするのでもなく、当たり前のように園田を受け入れる。さらに、ぴょこんと立ち上がるとこっち座って! と促す。
「え、いいよ?」
 俺平気だし、と言うけれど成島は容赦がない。無言の仁羽と遠山だけれど、それがつまりは肯定であることを成島はよく知っていた。過保護というか気にしすぎだと思うし、見たくないテレビなんて些細なことは放っておいていいのかもしれない。それでも、成島と遠山と仁羽は、目の前のこの人間がやたらと嫌なことも苦しいことも悲しいことも飲み込む性質だと知っていたので、蔑ろにすることは出来なかった。
「園田オリンピック嫌いなの?」
 無事に席を交換したので、後ろ側になったテレビの模様は園田には見えない。耳を済ませれば音は聞こえるのだろうけれど、店内の喧騒と、何より発せられる質問に意識を向けているから、テレビはほとんど頭から締め出されている。
「嫌いっていうか…苦手なんだよな」
 困った、というより照れたような申し訳なさそうな顔をしている。三人は不思議そうな顔をして、目の前の園田に視線を向けている。嫌いというならまだしも苦手とはどういう意味だ、という顔だ。
「…苦手って…なんで…?」
 眠そうな声と顔で発せられる遠山の質問は、三人にとって当たり前のことなので特に気にするでもなく受け止める。園田は、後ろめたそうな顔をして口を開く。この三人に隠し事などしても無駄だし、いつか暴かれるのだからさっさと白状した方が身のためだということを、園田はよく知っている。
「なんていうかさ…オリンピック中って、いろんな選手の特集するじゃん。そこに至るまでの道とか、懸ける意気込みとか熱意とか」
 オリンピック期間中に提供される話題は、多分にドラマ性をかきたてて競技に対する熱を煽る。それが目的なのだから仕方ないし、仁羽などはそれがうっとうしいのでオリンピックはうるさくて「嫌い」の方に入るのだが、園田の言う「苦手」とは違う。
「まあ、勝手な話なんだけど。選手はそんなこと思ってないかもしれないけどっていうかその辺乗り越えてんのかもだけど」
 だから俺の勝手なんだけど、と言う顔は困っているというより申し訳なさや後ろめたさの、罪悪感がまさっているようだった。三人ははて、という顔で続きの言葉を待つ。
「俺駄目なんだよな。そういうの、自分だったらどうしようって思っちゃって、俺がプレッシャーかかっちゃうの」
 馬鹿だろ、と言って笑う。阿呆みたいだからさぁ、と照れるように唇を引き上げて、頬を染めて言う園田を、三人は見ている。
「いろんな人が参加してて、それぞれ全員にいろんなドラマがあって意気込みがあって、負けたくないし負けられないって思ってるじゃん」
 そういうの考えちゃうから、駄目なんだよな、と笑う顔が。謝っているように見えて、成島はポケットのメノウ様を握りしめた。遠山は眠そうな目をはっきりと開けて園田を見た。仁羽は唇を結んだ。
 園田の感じるそれがやさしさではないと、三人は知っている。似ているけれどそれはやさしさとは微妙に違っていて、ともすれば同情や憐憫に近いのだと思う。まさしく、馬鹿にするなという話かもしれないし、縁もゆかりもない選手に対していちいちそんなことを感じるのは阿呆のようだと言えた。だけれど、馬鹿にも出来ないし鼻で笑うことも阿呆じゃないかと哂うことが出来ないことを、よく知っていた。
「…ま、あんなもん、四年経てばやってんだし。見なくていいんじゃねえの」
 仁羽がぶっきらぼうに言い放った。園田はそーかもな、なんて呑気に笑うし、「見なくても死なないしね…」と遠山がつぶやく。成島が満面の笑みで、「うん!」とうなずく。園田はやっぱりこいつらオリンピックなんて興味ないんだなぁ、と思った。
「お前らって、やっぱりオリンピックとかそういうの見ないのな」
 そうだと思ってたけど、と言えば仁羽がばっさり言い切る。
「うるさいだけだ」
「興味ないしね…」
 眠そうに言うのは遠山で、成島はどうかと言えば「ついてたら見るよ」と適当な答えを返す。恐らく成島にとっては普段流されているテレビと何ら変わらないのだろう。
「メダル取ったらよかったねーって思うし、入賞したらよかったねーだし、怪我しなかったらよかったねーってなるよ」
 総じて全部「よかったね」の成島の答えを聞きながら、思わず園田は笑みを浮かべる。俺もそんな感じで見たいわ、と言って浮かべる笑顔は、明るくてからからとしていた。後ろめたさも罪悪感もない、ふわふわと軽い笑顔。あたたかくて、触れたらじんと響いてきそうな笑顔に、三人が胸中で浮かべた言葉を園田は知らない。
 阿呆のようだし、馬鹿じゃないかと思わないわけじゃない。だけれどそれでも、他人に心を寄せすぎる目の前の友達。自分ではない誰かを想ってそっと心を預けられる彼が、傷つかないで笑っていてくれたらいいと、いつでも願っていることを園田は知らない。