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Note No.6

小説置場

最初で最後の言葉にしよう

 白い床に白い壁に白い天井は、精神衛生上よくないのだと思って仁羽達樹はいらいらと足を揺する。隣に座っている、くるくるとした茶色い髪を持つ成島弘光は、ピンク色のうさぎのあみぐるみを両手で握り締めている。真っ直ぐと立って前を見ている遠山静は、無表情にも見える顔だったけれど、その目はしっかりと覚醒している。
 くそ、と仁羽は舌打ちをした。手術中という赤いランプを見つめながら、中で処置されているはずの人間のことを思う。いつも馬鹿面をしていて、何にも考えていないような顔で笑っていて、高い所が嫌いで、やるとなったらやって、最後まで逃げないで、人の名前をちゃんと覚えて、いつだって全力で名前を呼ぶ。あいつはいつも、馬鹿みたいに笑っていた。今日だって明日だって、あいつは笑っていなくちゃならないのに。
「…大丈夫だよ。メノウ様がそう言ってる」
 成島は、真っ直ぐな目をしたままでそうつぶやいた。その言葉に、仁羽はどう答えるべきかを逡巡する。そんなものに何の意味があると罵倒すればいいと思ったのに、頭に浮かんだのは「もしかしたら効果あるかも」と笑うアイツの顔だった。仁羽が答えを返す前に言葉を発したのは遠山だ。
「…そうだね。メノウ様がそう言うなら、きっと大丈夫だ」
 普段の彼からは想像も出来ないほど、やさしい声音をしていた。泣きそうな顔を払拭してうん、と笑う成島に向かってうなずくと、仁羽のほうへ視線を向ける。見返せば、強い目はしているものの、睨んでいるわけではない。音を感じさせない歩き方で隣へ歩いてくると、ゆっくりとつぶやいた。
「仁羽だって、知ってるでしょ?」
 唐突な問いに、仁羽は言葉に詰まる。質問の意味がわからなかったからではなく、何を問われているのかわかってしまったからだ。成島はぴんくのあみぐるみを握り締めて、ぽつぽつとつぶやいた。
「ひとりだって、怖くなかった。誰かと一緒にいるのも好きだけど、ひとりだって全然平気だった。だって、メノウさまがいたから」
 だけどね、と言って続ける成島の言葉を遠山と仁羽は聞いていた。成島の言葉は、少しだけ違ってほとんど同じものなのだと、何より二人は知っていたから。
「だけど、教えてくれたんだよ。一緒に笑って、楽しんで、怒って、困って、怖がるのが、こんなに嬉しくて心強くて、しあわせなんだって」
 遠山はうなずいた。仁羽は心の中で同意した。これから先、言葉にはしてやらないけど、今だけなら形にしてもいいと思えた。
「きらきら笑ってくれたら、僕たちも幸せになれるんだって、教えてくれたんだ」
 成島は言葉を続ける。思い出すのは彼の笑顔だ。光がこぼれるように、すくいきれないほどの微笑を浮かべて、照るような頬をして、やわらかく力強く笑う。
「園田の笑顔が、大好きなんだ」