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Note No.6

小説置場

ハッピー・デイ

「まつりばやしがきこえる」

 誕生日にこだわりがないと言えば嘘になるし、っていうかむしろこだわりは強い方だと思う。だって、自分から口に出さないでも気にかけてもらっているかどうかがわかる珍しい日だったから。
 朝起きてメールをチェックすると、友達から一通メールが来ていた。午前三時過ぎで、どんだけ夜更かししてんだよ、なんて思って返信する。心からの感謝を込めて、俺の誕生日を覚えててくれて嬉しいって、伝える。昨日の0時を回った段階からちらほらとメールは来ていて、忘れられてなかったんだなぁと安心する。もっとも、俺が送ったけど返って来てない人もいるわけで、それを考えるとちょっと心が冷える。別に見返りを求めて送っているわけじゃないからいいんだけど、と言えたらいいけど、やっぱりちょっと求めている部分はあるわけだ。
 仕方ないか、と思いながら携帯をポケットに入れて階段を下りる。居間に入ると真っ先に母さんが「誕生日おめでとう」と言ってくれた。続いて父さんが「ケーキ買いに行くか」なんて続ける。あんまり機会もないので「うん、行く」と答える。
 母さんが用意してくれる朝ごはんをゆっくり食べる。普段より遅くまで寝ていられるのは休日の特権だし、恐らく誕生日だから、という理由で多少の寝坊は許されているんだろう。急かされてご飯を食べなくてもいいわけだし、ある意味休日中に誕生日というのは有難いのかもしれない。
 もそもそ、と食パンを口に入れながらそれでも考えてしまう。それでも、もしも誕生日に学校があったらどうなっていたんだろう。
 俺の誕生日は絶対に、休日だ。だから学校があるわけもなくて、友達と顔を会わせることがない。五月の最初、ゴールデンウィークの真っ只中、なんて日なので、忘れている人もきっと多い。それが寂しいのかって言われたらやっぱり寂しい。学校があったら覚えていてくれるかも、顔を見たら思い出してくれるかも、なんて甘い期待なのだろうけど。ああだけど、顔を会わせてそれでも忘れられていたら嫌だから、良い言い訳にはなるのかな、なんて。
 考えていたのは去年までの話だった。
 ゴールデンウィークの最中、休日は今日と明日を残すだけ、となった本日。朝早く自宅のインターホンが鳴り、それからすぐに母親に叩き起こされた。何だと思ったら「友達が来てるわよ!」と叫ばれる。慌てて玄関まで行ったら、見知った顔が三つ。
「園田、誕生日おめでとー!」
 満面の笑みで弾けるように言うのは成島。後ろの遠山はまだ眠りかけているらしく目が開いてない。仁羽はさすがに起きてるし事態を把握してるみたいだけど、苦虫を噛み潰したような顔をしている。でもそのままで「おめでとう」と言う。祝われている気が全くしない。
「せっかくだから、このまま遊びに行こうよ」
 にこにこ、と一人輝きを撒き散らしている成島が続ける。俺はえーと、と口ごもる。成島は意に介さず「そうだ!」と手を叩くと、鞄から大きな包みを取り出した。
「これ、誕生日プレゼント。三人で選んだんだよ」
 花でも振り撒きそうなかわいらしい笑顔で包みを差し出す。突然のことに戸惑いながらも、ありがたく受け取る。しっかりと包装されていて、HAPPY BIRTHEDAYなんてカードまで貼ってある。
「えーとね、メノウ様にしようと思ったんだけど」
メッセンジャーバッグだ」
 成島の予想通りの告白を遮り、仁羽が言い放つ。メノウ様は止めとけ、って仁羽に言われちゃった、と照れるように成島が言う。よかった、まともなのが一人いて…! とつくづく思った。
「わー、ありがと。嬉しい」
 嘘ではないので心から言う。でもそこで、自分がまだジャージ姿だったことに気づく。だって寝起きだし。こんなの予想してなかったし。すると、いつの間にかうっすら目を開けていた遠山がつぶやく。
「とりあえず…着替えてきたら…?」
 朝食は外でも食べられるし、と続くのでうなずいた。ていうか、玄関でこんな待たせとくのもなんか悪い。
「じゃあ中入ってて! 俺即効で着替えてくるから!」
「いや、ここで待ってる。早くから押しかけて迷惑かけた」
 俺の提案を仁羽はあっさり却下した。家の人の迷惑になる、というのが仁羽らしい。俺の迷惑は考えないのか、と言おうと思ったけど止めた。だって今俺がそんなこと言ったって、本気になんて聞こえるわけがない。しかめっ面なんて出来ない。どうしたって笑ってしまうんだから。
 手早く服を着替え、二秒考えてから包み紙を開ける。光沢のある素材に、カラフルな色をしたメッセンジャーバッグが現れる。タグや値札もないし、このままでもすぐ使える。携帯やら財布やらを放り込み、肩にかけて長さを調節して部屋を飛び出す。居間で事態を見守っていた両親に、「遊びに行って来ます!」と声をかけることも忘れない。二人とも驚いてはいたみたいだけど、「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
「待たせた!」
 玄関で靴を履きながら言うと、「早いね…」と遠山が言う。うっすら笑っているのがわかって、「まあな!」と答える。仁羽がぶつくさ、「お前も見習えよ…」なんて言ってるけど、気にする遠山ではなかった。
 家を出て道路を歩きながら「にしても驚いたー」と言えば、成島はにこにこしながら「だって誕生日だもん」と答える。遠山も「誕生日にサプライズは必要だよね…」と続く。二人にとっては常識らしかった。
「じゃあ、どこ行こうか。何食べたい? 今日は園田の言うこと聞くよ!」
「せっかくの誕生日だしね、おめでとう、園田…」
 寝言のようにも聞こえるけど、遠山がしっかりこっちを見ているので、寝ているわけじゃないとわかる。俺はちょっと照れくさくて、助けを求めるように仁羽を見る。すると、ゆっくり言った。
「いきなり押しかけてきたのはふざけんなって思ったけどな」
「あ…仁羽の所にも押しかけてきたんだ」
 成島がピースをして、遠山が「うちも」と続く。いつだって成島は行動力抜群だ。仁羽はそんな二人を眺めてから、言葉をつなぐ。
「まあ、めでたいと言えばめでたいことだし。お前の誕生日は、いい日付だよな」
 当たり前みたいに言われて、問い直す前に。成島が「だよね!」と続ける。遠山もうなずいて、丁度いいよね…なんて言う。
「五月四日なんて、そのまま遊びに行けるもんね!」
 輝くほほえみで成島が言い、仁羽も「休日だからな」と続き、遠山が「絶対休みだしね…」と言う。十中八九遊びほうけられるよ、と言って笑うから。仁羽が当たり前みたいにうなずいて、成島がきらきら笑っているから。貰ったばかりのバッグの紐をぎゅっと握りしめる。
 だって、そんなの、思わなかった。必ず休みになっちゃうから、学校がないから、忘れられてしまうから。だから平日の方がよかったって思ったことならあるけど、そんなこと、思わなかった。
「今日は目いっぱい遊ぼうねっ!」
 きらきらと、五月の太陽に照らされて笑う顔を見つめながら。今日という日に生まれた幸せを、噛み締めている。