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Note No.6

小説置場

ベリーベリーストロベリー

 委員会の先輩に伝言なんて、簡単だと思ってた。伝える相手があの仁羽先輩だとわかるまでは。
 最初に友人連中に助けを求めたけど、爽やかな笑顔で見捨てられた。委員会の後輩、先輩、同学年も全滅。みんなやんわりと、だけどしっかりと完全拒否だった。私が逆の立場だったら確かにそうするけど、だからって!
 だからって、あの仁羽先輩に一人で特攻なんて出来るわけないじゃない!

 仁羽先輩というのは一つ上の先輩だ。成績優秀で顔も悪くないけど性格の悪さでは飛びぬけて有名人だ。ていうか、私の上の学年にはいろんな意味で有名人、が多い。格好良くてアイドルみたい! とかいうプラスの有名人ならまだしも、「近寄りたくない」「関わりたくない」ぶっちぎりマイナス方向の有名人が。
「百歩譲って…百歩譲って成島先輩なら…!」
 上の学年の有名人、成島先輩を思い浮かべつつ、仁羽先輩のクラスを凝視する。一応ここまで来たけど、これからどうしよう…。
 成島先輩というのは、くるくる巻き毛で目の大きい、天使のように愛らしい先輩だ。見ているだけならとっても目の保養だし、地雷さえ踏まなければとてもいい人。ちまちま、こまこましていてかわいいし、年上だけど弟にしたい。唯一の難点である、成島先輩の信仰はもういい。この際目をつむる。委員会の伝言なんて信仰関係ないしきっとどうにかなる。大体、小学校の時から成島先輩への夢は打ち砕かれているので、まだ耐性ついている。
「なのに、なんで、仁羽先輩…!」
 柱の影から仁羽先輩のクラスを見つめつつ、気分的には歯軋りしたかった。
 仁羽先輩は成島先輩と違って妙な信仰は持っていない。だけど、性格はひん曲がっている、と思う。忘れもしない。小学校二年生の時、三年生の仁羽先輩と鉢合わせて、事情忘れたけど口論になった。…いや、あれは口論じゃない。一方的にいたぶられた、というのが正しい。怒鳴り散らすのではなく、喚くのでもなく、ひたすら淡々と般若のような顔をして、こっちの非を言い立てる小学生。…今考えても恐ろしい。当時はもっと恐ろしかった。だってもう存在の意味がわからないし、人格全否定くらいの勢いだった。
 そんな体験者が半数くらいはいるであろううちの学校では、仁羽先輩に近づく=死、くらいの認識がある。特に被害者女子。(私含む)あの目でにらまれたら、それだけで精神的に死ねると思う。
 だから、仁羽先輩の視界にすら入りたくなかったのに。同じ学年じゃなかったことを、心から感謝していたと言うのに…! あんまりです神様、といるかわからないものに訴えかけていた、その時。
「あれ、どーしたの?」
 後ろから声をかけられた。慌てて振り向くと、通学鞄を肩にかけてこっちを見ている男子生徒が一人。どうやら登校してきた所らしい。ちょっと明るい茶色の髪は、癖っ毛なのか少し跳ねている。不思議そうな顔をしつつ、それでもほんのり笑みを浮かべている。
「…二年生じゃん。誰かに用?」
「え、あ、ああ!」
 言われて上履きを見ると色が違っていて、三年生だということがわかって慌てた。この人先輩か! っていうか良く考えたらこのフロア三年生しかいなかった!
「ええと、あの、委員会の伝言がありまして!」
 明らかに不審者なので、言い訳をまくしたてる。目の前の人はうん、とおだやかに聞いてくれるので少し落ち着いた。でも、相手を知ったらこの人も困るだろうな…仁羽先輩だもんな…。思いつつ、ぽつりと言う。
「あの、その、仁羽先輩になんですけど」
 口に出した瞬間、表情が止まった。笑顔が強張り、やっぱり、と思った。同学年の人ほど被害に遭う可能性は高いわけだし、この反応はわかる。せっかく話しかけてくれたのに申し訳ないな。
「あー…そっか。仁羽か。ってことは学習委員?」
「あ、はい。そう、です」
 だけどその人は数秒すると、くしゃり、と笑顔を浮かべた。呆れるような、どうしようもないような顔ではあったけれど、それは怯えているわけでも、嫌そうな顔でもなかった。あれ、と思った。
「それは大変だなぁ。めっちゃストレスでしょ」
「はい!」
 思わず力強くうなずいてしまって、慌てて口をふさぐ。いやさすがにこんなハッキリとはまずいだろう、と思ったのに。その人は「正直だなー」と言って笑った。それがあんまりからっとしていたから、違和感が顔を出す。
「でも、仁羽そんな悪い奴じゃないよ? 昔被害にあったことあるんかな」
「…はい」
 なぜわかる、と思ったけど素直に答える。その人は「何も取って食ったりしないよ?」と悪戯っぽく笑ったけど、うまくうなずけない。そりゃ、殺されるとか本気で思ってるわけじゃない。
「えーと、わかりにくいけど、そんな嫌なやつでもないんだけど…まあ。あの不機嫌な顔が標準装備なだけなんだよ」
 だから勘弁ね、となぜかその人が申し訳なさそうな顔をする。あれ、と思った違和感が膨らんでいく。
「ちゃんと話してみたら、わかると思うから」
 にこ、と笑う顔がとてもやさしかった。だから膨らんでいた違和感が、そこで弾けた。え、もしかして。もしかして、この人って、仁羽先輩のこと、敬遠してない? 敬遠するよりもっとこう、近しいみたいな、気がするんだけど。
「じゃあ、仁羽呼んで来る。三年の教室なんて入りにくいよなー。そんくらい先生がやればいいのに」
 後半は独り言だったらしいけど、私も思っていたことなのでうなずいてしまった。その人はまた笑って、待ってて、と言い残して去って行く。思わず背中を見送りつつ、そっと心臓に手を当てる。あれ、何だか、とても、速いんですけど。
 その人は教室の入口に居る誰かに声をかけて、数秒すると仁羽先輩が廊下に出てくる。二言三言、何か会話をして、その間に私の方を指差すので仁羽先輩がこっちを見る。目が合うと慌てて頭を下げた。粗相があって精神的にフルボッコにされたらたまらない。
 それから数十秒すると、二人は別れる。仁羽先輩はこっちへ、あの人は隣の教室へ。どうやら仁羽先輩とはクラス違うのに、わざわざ声をかけてくれたらしい、と察して心の中がほわん、となった。
「…わざわざ悪かったな」
 私の前まで歩いてくると、仁羽先輩はまずそう言った。嘲るような笑みでもなく、高飛車な態度でもなく、ものすごく普通に。不機嫌そうな顔だったけど、え、これが標準装備だと、あの人は言ってなかったっけ。あれ、仁羽先輩ってこんな人だっけ。
「えーと、いえ、あの、伝言なんですけど」
 先生から言われた言葉を伝える間も仁羽先輩は不機嫌そうな顔だったけど、これが普通とあの人は言っていた。だとしたら、もしかして。心の中であの人を、名前も知らない先輩を思い浮かべながらうなずく。ちゃんと話してみるのはまだやっぱり怖いけど、でも。どうにかなるかも、なんて思っちゃえるのは。きっと、あなたがいたからなんです。