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Note No.6

小説置場

歓天喜地

「まつりばやしがきこえる」


 眼前を埋め尽くすほどの花びら。溢れ出して止まらない光。目もくらむほどの、世界を震わす、ような。


 名前を呼ばれて振り向く前に、背中に思いっきりぶつかられる。一気にバランスを崩して、そのまま床に倒れこむ。衝撃の主を背中に乗せたまま。
「見て見てーっ!」
 しかも当の本人は、他人の背中に乗っていることなど全く意に介さず、明るい声をあげている。
「ちょ、成島、重い。てか俺の上で暴れんな!」
「あはは、すごいねーっ」
 完全無視で、成島がきゃらきゃらと笑う。軽い声で、明るくて、突き抜けるみたいな笑い声。羽が生えて、そのまま空だって飛んで行けそうな。
「ねえ、すごいね」
 何が、と言う前に。視界の端に何かがよぎったと思ったら、ぱらぱらと頭上からいくつも降ってくるものがある。倒れたままで首を上げると、軽くて小さくて、色とりどりのものが視界に降る。たくさんの色が、ひらひらと、舞うように落ちる。
「…花びら?」
「うん!」
 成島がぴょこん、と俺の上から降りる。俺はよいしょ、と起き上がって成島の隣に座った。床に落ちている一片をつまむと、紙ではない、本物の花びらの感触。着色されているのでもなく、自然のままの色をしている。
「文化祭用にね、持ってきてくれたんだって!」
「ああ…エトウか」
 そういえばあいつの家は花屋だった。ついでに栽培もしているらしく、出荷出来ない花や売れ残りなどの花から、花びらを持ってきたのだろう。花びらになってしまえば、形なんて問題ないし、虫食いがあった所でそこだけ除いてしまえばいいのだ。
「すげー豪華だなぁ。本物の花使えるなんて」
 教室の装飾用に使うのだということは察したので、なかなか本格的だなぁ、と思った。やっぱりちり紙の花より、本物の花の方が見栄えはいいし高級感だってあるだろう。ラッキーだよなぁ、と思っていたら隣の成島がやたらニコニコしていることに気づいた。
「…成島、花好きなの」
「うん!」
 満面の笑みでうなずくので、俺も思わず笑ってしまった。メノウ様にも似合うんだよ、と言うと既に作っていたらしい飾りをつけたメノウ様を見せてくれる。いつも巻かれているリボンではなく、首周りを彩るのは花びらの首飾り。成島が一生懸命、クラスの準備も手伝わないで作っていたことは簡単に想像できる。
「…きれいだなぁ」
 それでも、ぴんく色のメノウ様に黄色い花びらの首飾りはよく似合っていて、思わずそう言った。成島が目尻を染めて、うん、とうなずいた。まぶしい笑みを乗っけて、強く明るく笑う。
「お前ら、何サボってやがんだよ」
 突然降ってきたのは、最強に機嫌の悪そうな声。顔を見なくても誰の声かだなんてわかる。きっと眉間に皺を刻んで、呪い殺しそうな顔をしているんだろうな、と思って顔をあげれば案の定。予想通りの顔をして、仁羽が立っていた。
「ちゃんと仕事しろ。テメエら呑気にサボってんじゃねえよ」
「でも、今は休憩中!」
「お前は休憩ばっかだろうが」
 苦々しげに吐き出されて、成島と顔を見合わせた。そういう仁羽は一体何をしているのかわからないけれど、この言い分じゃ全力で仕事中だったのだろう。さすがというか真面目と言おうか。
「じゃあ、仁羽は休憩、しなくちゃね」
「…まあ、働きすぎは効率落ちるらしいし?」
 二人でうなずき合うと、成島が俊敏な動作で立ち上がる。がし、と腕を掴んで引き摺り、前のめりにしたところで、後ろに回りこんで膝カックン。さすがにバランスを崩した仁羽は成島にもたれかかるようにして崩れ落ちた。
「やった、成功!」
「うわ、仁羽って花びら似合わないねぇ」
 仁羽を床へ転がすことに成功してガッツポーズ。成島は、花びらにまみれた仁羽を見てそんなことを叫んで怒られていた。
「何しやがる、てめえら!」
「いやだって、ほら。仕事のしすぎはよくないよ?」
 どうどう、としゃがみこんで視線を合わせて言えば、同じように座り込んだ成島もうなずく。仁羽は苦々しげに「お前だけには言われたくない」と成島を小突いたのだけれど。
「…ま、いいけどな」
 前髪についた花びらを取りながらそんなことを言って、口元に薄らと笑みが浮かんだのを俺は見逃さない。いつも不機嫌で高飛車で偉そうで、だけど、本当はすごく真っ直ぐ。小さいけれど、その笑みの価値を、知っているつもり。
「しかし、これだけじゃねえだろ。花びら」
「うん、もーっといっぱいあったよ」
「まあ放っといてもゴミになるだけらしいし」
 有効利用なんじゃないの、と言えば成島がダンボールとかバケツとかにいっぱい入ってて、綺麗だったんだーと続ける。元々ゴミなら金もかかんねえしな、と言うのが仁羽らしい。
「…多すぎて家庭科室のボウルとかザルにも入れてるみたいだけどね」
 てんやわんやだったよなぁ、としみじみしていたら、ふと頭上に影が出来る。え? と思うのと「こんな風に?」という声がほぼ一緒で。仁羽が「止めろ!」と叫ぶのと、成島が何か嬉しそうに「わあ!」と言うのを聞いた瞬間。
 ざあああああっと、音が鳴る。雨が降るみたいに、零れ落ちていく。頭の上から降ってくる。瞬きも出来ないくらい、埋め尽くされてしまうほどの、極彩色の洪水。一瞬声も聞こえなくなって、周りが全て色だけに埋まる。見える景色も、聞こえる音も、全て染められてしまったみたい。神様の絵の具箱を全部引っくり返したらこんな風かも、なんて。
「…びっくりした?」
 はらはら、と舞い続ける花びらの向こう側。小さな花弁が揺れるカーテンの奥で、眠そうな目を開いて口元に笑みを浮かべているのは、間違いなく遠山だ。
「びっくりした、よ」
 とーぜんじゃん、と言ったら遠山が笑う。ぼけっとしてて眠そうな普段の顔からは想像出来ないくらいはっきりと、楽しげな笑みが浮かんでいる。そんな風に笑うんだって、知っている。微笑をちゃんと、知っているよ。
「…テメエ何してんだよ」
「お祭り気分に乗って弾けてみたんだよ…?」
 やっと花びらが収まって、辺りをちゃんと見渡せるようになる。仁羽と遠山は言い合いをしていて、成島は床一面にこんもりつもった花びらに目を輝かせていた。
「…つーかこの量すげえ…! 俺埋まってるんだけど!」
 どうやら俺の真上でザルをぶちまけたらしく、ちょっとだけ埋もれている。花びらに埋もれるなんてそう経験出来る事態じゃない。遠山は「一番大きいの選んだからね…」と答えて、仁羽が「せめて小さいのにしろよ!」と怒っている。
「あ、頭の上に花びら積もってるよ」
 花びらを舞い上げて遊んでいた成島は、ふとこっちを見るとそう言う。頭に手をやると確かに、結構な量の花びらがこんもりしていた。鳥の巣みたいだ。でも、成島はにこっと笑った。
「花びらの冠かぶってるみたい」
 白い歯を見せて、心底楽しそうに、取って置きの発見をしたみたいな顔で、誇らしげに、笑う。何て言っていいかわらかなくて口ごもってしまうのは仕方ないと思う。だってそんな風に言われるなんて、思いもしない。
「…似合ってるよ…?」
 戸惑っていたら続くのは遠山で、余計どうしたらいいかわからない。冠が似合うなんて言われて、喜んでいいものやら。だけど、俺は知っているんだ。遠山も成島も、その笑顔が心からのものだって、わかってしまうんだよ。
「まあ、馬鹿王子っぽくていいんじゃねえの」
「…馬鹿は余計だ、馬鹿は」
 軽口を叩くように仁羽が言ってくれるから、いつもの調子を取り戻す。そしたら仁羽は、「悪かねえよ」と言うときゅっと目を細めた。
 ああ、まぶしくて目も開けていられない。だって笑っている。成島がはち切れんばかりに、遠山はおだやかにしっかりと、仁羽はわかりにくいけど確かに。そうして笑ってくれるだけで、胸の奥があたたかい。じんわりとした温みに、打ち震えてしまいそうだ。
 ぎゅっと力を込める。何てことない風景で、きっとそのうち忘れてしまう記憶。毎日のたった一ページだから、時間に埋もれていくだろう。それでも、笑ってくれるなら。君たちが、あなたたちが、みんなが笑ってくれるなら、ただそれだけで。
「…ありがと」
 あなたが笑う、それだけで。俺はいつだって笑顔になってしまうんだよ。