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Note No.6

小説置場

朝霞

 クラス替えを確認してから、園田義人は気合いを入れて新しい教室に入った。時刻は朝のHRが始まる十分前。早く来ているヤツラは大体揃っていて、遅刻ギリギリの連中はまだ来ない。余裕を持って馬鹿話を展開するには丁度いい。
「おっはよー!」
 教室に入り、真っ先に目が合った浅井に声をかける。それに気づいた他の面々が「はよー」「おっはよー!」「今年もクラス一緒だなー」と声をかけてくる。名簿は全員確認したので、誰がいるかは熟知している。大体どんな位置にいればいいのかも、何に気をつければいいのかも。義人は注意点を頭に思い浮かべながら、何てことない顔で言葉を紡ぐ。
「いやー、今年も永島と門田の漫才が見られると思ったら嬉しいねぇ」
 にやにや、と言ってやると何だよ、と不機嫌そうな顔になるけれど、照れくさいだけだと知っている。幼馴染の女子との痴話喧嘩のような喧嘩を、本気で嫌がっていないことは誰の目にも明らかだ。両方とも憎からず思っていることも、本当は誰より同じクラスで喜んでいることだって。
「球技会とか、結構イイ線いけるんじゃん? このクラス」
「お、お前もそう思ったか! オレもっ!」
 バスケ部キャプテンである内野が嬉しそうに笑う。決定的に仲が悪いわけではないけれど、どういうわけか互いにウマがあわないらしい金本と違うクラスなので、バスケ部同士風通しは大分良さそうだ。これなら、無駄ないさかいも起きないに違いない。
「…しっかし、うちのクラスすげえ地雷じゃねえ?」
 ふと、声を潜めて言うのは沢田だ。集まっていた面子も、つられるようにして顔を寄せ合い、声を低くする。内緒話をするみたいに。義人ももちろんそうしていて、何の話だ、というように額を寄せた。
「よりによって、仁羽と成島揃ってんだぜ?」
 何考えてんだよな、と呆れた顔をして沢田は言う。他の面子も大きく息を吐いて、口々に賛同の意を表した。
「だよなー。オレもクラス発表見た時びびったわ」
「俺なんて凍りついたぜ…」
「毎日スリリングすぎるんだけど!」
 好き放題言い合って、ちらりと視線を後方に飛ばした。難しい顔をして、ぴんと背筋を張って分厚い本を読む姿。にこにこと満面の笑みを浮かべて窓の外を見る横顔。どれも見慣れた光景で、近寄ってはいけない人物として名高い。
「仁羽と同じクラスとか、気をつけねぇといつ標的にされるかわかんねえし…」
 さっきからびくびくしている芳賀は、小学校の時仁羽と正面衝突して徹底的にのされた経験を持つ。クラスの女子の前で大泣きしたことは忘れ去りたい過去なんだろうな、と思うので義人は何も言わなかった。
「まあ、成島は近寄らなきゃ害はない…と思いたい」
「掃除当番とか給食当番、どうにかかぶらなきゃいいんだけどな…」
 あいつはフツーに会話の中に混ぜてくるから性質悪いよな、という言葉に全員大きくうなずいた。
「まあほら、仁羽も近寄らなきゃ平気だろ。あと、馬鹿騒ぎしてなきゃ大丈夫じゃね」
 仁羽が「馬鹿は嫌いだ」と公言していることは名高い。成績ももちろん含まれているらしいが、何より大声で馬鹿な話をしたり大騒ぎをしたりしていると、呪い殺しそうな視線を向けてくるのだ。おかげで、自習でも仁羽のいるクラスはそこまで騒がしくならない。教師には重宝されるが、クラスメイトたちは居心地が悪い。
「あれ、じゃあ俺やばくね!」
 うわ、と大げさに叫ぶと、周囲が笑った。「確かに、園田はあぶねえかも!」と言う声には楽しそうな響きが滲んでいる。義人はリアルにマズイかも、と思いつつうわあ、と声をあげてよろめく仕草をした。笑い声が弾ける。
「真っ先に餌食になるのは…俺かもしれない…っ」
 よよよ、と泣く真似をすれば沢田が「リアルすぎる」と笑った。内野が「まあ、可能性は高いわな」と続くので、義人はいっそう悲嘆に暮れた格好をして、落ち崩れる。すると、背後に気配を感じて見上げるとひょろりと背の高い人物が立っていた。
「……」
「……」
 何も言わないので、思わず義人も黙り込む。普段は目を隠すように長い前髪の所為で、どんな顔をしているのかはいまいちわからない。しかし今は、下からのぞきこむ形になったために眠そうな目が見えた。
「…あ、ごめん。通るのか」
「……」
 しばし無言で視線を交し合った後、ここを通りたいらしい、と気がついた義人が道を開ける。何一つ言葉を発することなく、ふらふらと通り過ぎると席に着いてしまった。その背中を何となく見送り、浅井がため息と共に言葉を落とす。
「そっか。遠山もいたか…」
 いつでも眠そうで覇気がない。無表情で無口な、未提出物の王者である。成島と仁羽に比べれば知名度はそうでもないし、放っておいたら害はないからそこまで有名ではないけれど。付き合いにくい、という意味では二人と同じレベルの人物である。
「うちのクラス…マジですごいな」
「しかも担任尾西だし」
 他のクラスの人間が「一組じゃなくてよかった!」と言っていた理由がわかるぜ、と言って芳賀が肩を落とす。ある意味ネタまみれのクラスであることは、クラス名簿を見た段階で予想出来るのだ。
「まあ、そうそう関わることもねーだろ」
 内野が明るく言って、他の面子もうなずく。義人も、そうだろうという予感とともに首を縦に振った。小学校からの知り合いだけれど、性格はよくわかっているけれど、だからこそ付き合いはないだろう。ちょっと距離は近くなるとしても、今まで通り遠くから関わらないようにすればいい。
 遅刻ギリギリ組が教室に入ってくる頃合になり、義人たちは出入り口に目をやる。さて誰が一番最後か、なんてくだらない話をしながら、これから一年きちんと気をつけていかないとな、と義人はこっそり胸の中で拳を握りしめた。