Note No.6

小説置場

きみのうた

 授業が終わり放課となれば、後は連休までまっしぐらだ。世間ではゴールデンウィークなどと称されており、人によっては10連休前後の休みとなるらしい。しかし、そんなものは学生にとって縁の無い話だった。カレンダー通りに容赦なく、間の平日は登校が余儀なくされている。
「うわー、やっと終わった! これで連休だ!」
 仁羽の隣のクラスメイトが伸びをして、輝かしい笑みを浮かべている。恐らく、明日からの連休を思い浮かべているのだろう。平日が挟まったといえど、明日から連続で休めることに変わりはない。
「はー、満喫しよ。ちょっと旅行とか行きたいよなー」
 クラスメイトはこれからの連休についてあれこれ思いを馳せて、つぶやきを漏らす。教室内にちらほらと散見された空席は、恐らく自主的に連休を延長させた人々なのだろう、という察しはつく。彼ら・彼女らは長期の旅行にでも行っているんだろうな、とクラスメイトは思う。
「仁羽は? 旅行の予定とかあんの?」
 隣に座る仁羽達樹に声をかけたのは、単なる世間話としてだ。取り立てて特別な意味はなく、天気の話題を口にするようなものだった。
 恐らく、小学校・中学校と同じコースで進学している人間ならば、こうも気安く声をかけることなど有りえないだろう。何せ、仁羽の数々の噂は飽きるほどに聞いている。さらに、噂自体が眉唾ものではなく、事実なのだと知っているのだ。実際被害に遭っている者も多く、そんな人間は話しかけるどころか近づきすらしない。
 しかし、隣の席に座るクラスメイトは高校で初めて仁羽という存在を知った。中学時代も、どこかで噂になっていたのかもしれないが、少なくとも彼の耳には入っていない。そのため、仁羽に対して物怖じすることもなかったのだ。加えて、中学の頃に比べれば、わずかなりとも仁羽の態度も軟化している。取り立てて何でもない会話にも、眉を潜めず答える程度には。
「別に。どこも行かねぇよ」
「だよなー。今からじゃ予約なんて取れないし」
 ぼやけば、仁羽が口の端で笑った。馬鹿に仕切ったような笑みで、今から計画してるんじゃ無理に決まってるだろ、と続く。ムッとするよりは、それもそうだ、という気持ちの方が勝ったので、素直にうなずいた。
「…どうせどこ行っても人混みだらけだ。家にいるのが一番賢い」
 続いた言葉は、連休に出かけること自体を頭から否定する。そんなこと言うなよ、と思わず苦笑いを浮かべてしまう。仁羽は、「わざわざ疲れに行くこともねぇだろ」とつれなかった。
「そんなつまんないことをさー。せっかくの連休だし、仁羽だってどっか行くんだろ?」
 まさか家にこもりきりのわけがあるまい、と思って言えば、「まあな」と仁羽がうなずいた。特に否定しないので、やっぱり、と思ったのだが。すぐに、もしかして、という疑いが頭をもたげる。もしかして、図書館とかじゃないよな。仁羽なら有り得そう。せっかくの連休に、図書館でこもりきりとか。うわ。
「どこ行くんだ? まさか、図書館?」
「は? そりゃ図書館も行くに決まってんだろ」
 何当たり前のこと言ってるんだ、という顔だった。確かに、うちの学校の生徒なら連休中も図書館に入り浸って、がり勉するやつとかいそうだけど。うわ、仁羽もそっち系なの、やっぱり。若干引きつつクラスメイトは思ったのだが。
「…図書館、も?」
 思い起こしてつぶやいた。そういえば仁羽は図書館も、と言っていた。つまり図書館以外も行くってことで、つまり引きこもってがり勉するわけではないのだ。結論を出すと、もう一度尋ねる。
「他はどこ行くん?」
 クラスメイトの問いに、仁羽は簡潔に地名を答える。中々渋い趣味だった。神社・仏閣などが多く、歴史を感じさせる行き先は、あまりイマドキの男子高校生がチョイスするような場所ではなかった。
「親戚の人とか来んの?」
「いや、中学の同級生だ」
 さらりと告げられた言葉によれば、中学の同級生が誕生日なので、その祝いも兼ねているらしい。クラスメイトはふぅん、とうなずいただけだったのだが、思わず口元には笑みが浮かんでいた。
 これだから、仁羽って面白いんだよな、とクラスメイトは思う。高飛車で偉そうで頭はいいけど嫌味ったらしい。それだけなら、別に声をかけやしないのだ。ただのクラスメイトのまま一年を過ごしている。
 だけれどいつからか、クラスメイトは知っていた。目の前の人間は、時々当たり前のような顔をして、昔からの友達のことを話す。中学の同級生、とだけしか言わないものの、誰よりも大事な友達だと思っていることくらい、わかってしまう。彼らのことを語る時、仁羽は決して高飛車でも偉そうでも嫌味ったらしくもなかった。ただの高校生で、自分と同じように、友達と一緒にいるのが楽しくってならないって顔をしていた。
「ふーん。ゴールデンウィークが誕生日なのか」
「そうだな。5月4日だ」
 みどりの日だ、と淡々答える仁羽にとっては何の不思議もないことなのだろう。その友人の誕生日を、中学の友人たちと共に祝うことなんて。恥ずかしがったり隠したりする必要もない。生まれたその日を祝うことなど、どんなことより当たり前の常識でしかない。生まれたことを祝いたいと、心から思うほど。生まれて出会った喜びを、きちんと形にしたいと願うほど。
 巡り会えたのは生まれてくれたからだ。当たり前のように笑い合えるのは、何でもない話を出来るのは、同じ時間を共有出来るのは、きちんと生まれてくれたからだ。他の誰でもないその人自身が、生まれてくれたから巡り会えた。だからきっと、それを感謝したいのだ。きちんと生まれて生きてきてくれたことを、心から讃えたいと思うのだ。
「5月4日かー。工藤くんと一緒じゃん」
「は? 誰だよそれ」
 目を眇められての言葉に、クラスメイトは面白がった顔で「知らないの?」と茶化してから、答えを口にした。
「体は子ども、頭脳は高校生、真実はいつも一つ! の名探偵」