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Note No.6

小説置場

待っている

「凛乎葬送」

 首巻に顎をうずめて、毛糸の帽子をかぶったままで目をこらしている。吐く息は白くて、一瞬視界を煙らせるけれど、すぐに空気に溶けてしまうから、前がよく見える。薪を割るための切り株に腰掛けて、足をぶらぶらさせながら峠の方を見ていた。誰かが来ればいいと思いながら。
 家の中にいてもつまらないだけだし、一人の部屋では空気も中々あたたまらない。囲炉裏に火をくべても、火鉢に手をかざしていても、全然あったかくないのだ。それなら外にいた方がよかった。まだ雪の降らないこの季節だから、外にいたって苦にはならない。カバネはそろえた両手に息を吐きかけながら、真っ直ぐ前を見ていた。
 家の前は開けていて、一見すると庭のようでもある。ただ、実際は緩やかに傾斜しているから、もしここを訪ねてくる人があったとしても、姿は見えない。頭が突然現れて、不意の訪問を知るのが常だった。この場所を訪ねてくる客がほとんどいないことを、カバネはよく知っていた。薪割りをする父の後ろや、囲炉裏端で作業をする父の隣、鳩に餌をやる父の手元をのぞきながら、来客のあった旨を知ることは数えるほどしかなかった。しかもそれは、大概同じ人間――村長だったから、カバネは父以外の人間で顔がわかる人といったら村長くらいしか思い浮かばない。
 訪ねてくる人間は、本当は少なくなかった。誰かがやって来て父に用向きを伝えると、用意を済ませて出かけてしまう。黒い衣装に身を包むと、その瞬間から話しかけてはならないことをよく知っていたから、何も言わずに見送った。父は軽く頭を撫でると出かけていった。本当は、訪ねてくる人間は度々いたのだ。しかし、その誰もが客ではなかった。戸を叩いて来意を伝えても、それはただの伝令でしかない。部屋の中にまで入ってきてお茶を飲んでいく人間は、村長くらいだ。だから、客は村長くらいしか知らない。
 薄曇りの空は、やわらかな光を大地に注いでいる。野草や背の高い芝、めくれた土の地面にぬるく光が差し込んで、じりじりとあたたかい。直接的ではない光は、丁度よくカバネの背中を温めている。
 都でもらった甘いお菓子もあるし、春に摘んでおいたお茶もある。父さんが漬けておいた果実の飲み物だってあった。大きくなったら飲んでいいよ、と言われているお酒も出したっていいし、同じ年くらいの子だったら父さんが作ってくれた甘い飲み物も用意する。秋になったら甘い柿がとれる木のことだって、教えてあげる。
 だから、誰かが来てくれたらいいのに。部屋に呼んで話をして、一緒にお茶を飲んでお菓子を食べるのに。
 切り株に腰掛けたまま、カバネは前を見ている。今では、父がどんな仕事をしていて、一体何のために呼びに来ているのか、きちんと理解していた。今カバネは同じ仕事をしていたから、どうして訪ねてくる客がいないのかも知っていた。それでも、誰かが来てくれたらいいと願うことは止められなかった。
「…はあっ」
 かじかんだ指先に息をふきかける。背中はじっとりとあたたかいけれど、指は冷たいままだった。見据えた先に人影はない。