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Note No.6

小説置場

花かげ

「凛乎葬送」

 朝起きて、真っ先に天気を見た。すこんと突き抜けるような青空に、軽い空気、あたたかな日射し、やわらかな風。新芽の匂いもかぐわしい。
 今頃最後の挨拶でもしているだろうか。末の弟は、やたらと懐いていたから泣いてしまいそうになって、こらえているかもしれない。目出度い日だとわかっているから涙をこらえて笑って送り出そうとして、それでも何だかんだで泣いているかもしれない。
 一体どの道を通るのか、もちろん俺は知らされていない。だけれど、村中が沸き立っているに決まっているから、遠くからでも大体わかるに違いなかった。まあ、予想もつくし
 適当に朝食を終えると、ここ一週間ばかりかけて用意しておいたものを籠につめて家を出る。こんな目出度い日に俺の姿が見えては問題だから、こっそり眺めるしかないのだけれど。村が近づいてくるけれど、気配から賑々しい気がする。ふわふわとしていて、どこか浮き足立っている。その主役を思い起こすと不思議な気分になる。
 変わった性格をしていたんだろうと思う。冒険が好きだったのだろう。村から離れて一人でひっそりと暮らしている、同じ年の人間のことが気になってわざわざ見に来たりしちゃうんだから。まったく、野次馬根性は旺盛なヤツだ。
 村の大通りから里へと続く道のわきにある木に登った。この季節は、新緑が芽吹いているから姿を隠すには丁度いい。籠を背負ったまま、周囲に他の人間がいないことを確認してから木に登る。ある程度の高さまでいけば、俺の姿は見えないだろう。まだまだ行列は来ないだろうから、太い幹に寄りかかって籠を体の前で固定した。遠くで鳥が鳴いているし、新鮮な緑のにおいとやわらかい日射しはのどかで、眠ってしまいそうだった。
「花嫁さんがこの道通るんだって!」
 不意に聞こえてきた声に下を見ると、女の子たちが村の方へと駆けていく。後ろ姿から顔はわからなかったけれど、九つか十くらいの背格好だ。跳ねるようにして走っていく。
 予想が的中していたことを確認しながら、そういえばあのくらいの年だったなぁ、と思った。ナナハナが俺の家にやって来たのは、父さんが死んでからのことだったから、きっと今走っていった女の子たちと同じくらいの年だったはずだ。至って普通の顔でやって来て、当たり前みたいに話しかけてきた。取っておきのお菓子を出したのが効いたのか、それから何度となく遊びに来た。次からはユスルギも連れてきて、気づいたら三人で行動することばかりだった。
 三人でいろんな所に遊びに行った。川で泳いで西瓜取って、花を見て、祭りに忍び込んだ。どれも発案したのはナナハナで、俺たちは従っていただけのような気もする。至って平凡な、目立つ所のない娘だったと聞いたのに、俺たちの前ではそんなの嘘みたいだった。
 それでも大きくなるに従い、単純に遊んでいられなくなってしまったけれど。それぞれ、村でもやることが出来たのだろうし、村での役割がはっきりしてきたのだ。だからひっそりと、会いに来てくれていたことを知っている。
 しゃんしゃん、と遠くから鈴の音が聞こえて来た。行列の先頭が、段々と近づいてくる。恐らく先頭にいるのはナナハナの兄で、後ろに弟と妹たち。真ん中に、両親と今日の主役だ。それから、村の人たちが続いているのだろう。しゃんしゃん、澄んだ音が近づいてくる。俺は、籠の中へ手を入れる。
 時間が合わずにすれ違うことが多くなった。人目を盗んでやって来るから、たとえ時間が合っても誰かがいたりなんかして、直に顔を合わせることはほとんどなかった。そんな時、ナナハナはここに来たよ、ということを知らせてくれていた。
 行列の先頭が近づいてくる。目で確認できるくらい近くなって、俺は籠の中のものを掴んで空中へ撒く。色とりどりの花が開いて、道へ色を落としていく。桃色、黄色、赤、紫、青。溢れるほどの色彩を、降らせていく。
「不思議ねぇ」と誰かが言った。「綺麗だね」と誰かが答えた。
 誰もいなくなった家の周りを探すと、ポツリと色が落ちていることに気づいたのはいつだろう。名前の通り、七つの花を置いていってくれていたのに気づいたのは、一体いつのことだろう。たとえ会うことが出来なくなっても、直接顔を見られなくても、名前のようにその花は、確かな色を灯してくれた。それを伝えられなかった俺だけれど、今は素直に祝福できる。
「綺麗だね」と誰かが言った。その通り、あの時受け取った綺麗なものを、少しでも返すよ。山の中で見つけた豊かな色彩を、通る道へと降らせていく。数え切れないくらいもらったものを、少しだけでも返せたらいい。あの出会いは、確かに俺の日々に色をつけてくれたのだと、知っている。
 新緑のかぐわしい、春うららかな今日という日に、ナナハナは嫁いでいく。