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Note No.6

小説置場

幸福な嘘吐き

「凛乎葬送」

「お前のことなんて大嫌いだ」って言ったら、お前は幸せそうに笑うんだ。

 雪はもう降り止んだ。一歩ずつ固めるようにして歩いていたら、前方に人影が見えた。視線を飛ばすと、それがあいつのところに来ている客人だとわかった。その辺の行き倒れを拾ってくるのは止めろと言っているのに、一向に改まる気配がない。
 俺は息を吐きつつ、切り株に座る少女を見た。耳を覆う帽子をかぶっているものの、鼻の頭は赤いし、顔も青白い。この雪の中に長くいたことは間違いない。何をしているのかは知らないが、そう長くいる場所ではない。だからはやく帰れ、と言ったら俺を待っていたんだと言った。
「…俺に何の用だよ」
 つい先日会ったばかりの俺に一体何の用があるのか、皆目見当がつかない。少女は、小さいがよく通る声で言った。どうしてあんなこと言ったの、と。
 がりがりと頭をかきながら、呻き声をもらす。何のことを言っているのか、見当がつかないわけではない。というより、何を言っているのかを実際よくわかっている。だけれど、それを誤魔化そうかどうしようかを考えているのだ。
 少女は俺の考えを見透かしていた。誤魔化さないでよ、と言う。強く、焼くような声で、嘘吐かないでよ、と。俺はしばし考えてから、重い息を吐く。ため息というより、胸の中にわだかまっているものを吐き出すのに近い。
「…大嫌いって?」
 そう言ったことか? と目で問いかけたらうなずかれる。責められているのかな、と思ったけれど、案外少女は聡明だった。大嫌いだと言ったことじゃなくて、どうしてそんなことを言ったのか、それを問いかけてくる。俺はおどけたように答える。
「理由なんてなくたって、嫌いなもんは嫌いだろ」
 しかし少女は、ぶんぶんと首を振る。首がこのまま飛んでいくんじゃないかと思うくらい勢いがよかった。そうじゃなくて、と続いた声は絞り出すように弱々しい。眩しそうに目を細めているのは、たぶん雪に照り返す光の所為じゃない。誤魔化せないんだな、と思った。
「どうして、嘘なんか吐くの?」
 少女の声が零れ落ちた。同時に、目尻の端に光っていた雫が頬を伝う。やさしい子だな、と思った。やさしくて強くて、まるでお前みたいだ。
「嘘なんかじゃないさ」
 しゃがみこんで、切り株に腰かけた少女と目線を合わせる。寄せられた眉、引き結んだ唇。耐えている表情に申し訳なさがこみ上げてくるけれど、全てを吐露してしまうわけにはいかない。
「俺はあいつが嫌いだよ」
 目を細めて笑う姿。照り輝く頬をして、はにかむように白い歯をこぼして笑う顔。涙に濡れたような目をして、誰よりも強く、気高く、やさしくて残酷なあいつ。
「うそ」
「嘘じゃないさ。あいつだって、俺のこと嫌いだって言ってただろ」
 いや、大嫌いだったか。と訂正すると、少女は逡巡する。正しくその通り、あいつは言っていたはずだった。俺を指して大嫌いだと言って、悪口雑言ぶちまけて、二度と来るなと言っていた。いつもいつも言われているから、そろそろ悪口を暗記できそうだ。
 少女が首を振り、つぶやく。ぽろぽろとこぼれる雫は、新雪のように純粋で無垢だった。喉を詰まらせながら、だって、と少女は言う。だって、あんなにやさしい目をして見ているんだよ?
 とてもやさしくて、大事なものを見る目をして、あなたを見ているよ。大切に、指先ひとつにだって、そう思っていることが伝わるくらいだよ。あたしにだってわかる。わからないはずないでしょう?
 畳みかけられる言葉に、思わず苦笑いを浮かべる。まったく、もう少しアイツにはうまくやってもらわないといけない。もっとも、俺だってそう上手く出来ているかはわからない。だって少女は言う。俺だって、あいつのこと好きなんだろうって。
「…嫌いだよ」
 くしゃり、と帽子ごと頭に手を置いた。わしわしと撫でながら、つぶやく。
「あんなにやさしくて、強くて、自分ひとりで全部背負っていこうとするやつなんて、嫌いだよ」
 斜めになってしまった帽子の下から、少女は俺を見ている。濡れた目がきらきらしていて、綺麗だな、と思った。俺は笑みを浮かべながら言った。一体どこまで、あいつはこの子に話しているんだろう。あいつのことだ、全然喋っていないのかもしれない。
「死穢を扱うからって、魔物を自分が呼び寄せるからって」
 白の衣をまとい、生と死の世界を区切る人間。死穢を一身に引き寄せ、現世の人間の穢れを身に受ける。だから信じている。俺や周りの人間よりも、もっと強く、誰より強く、あいつ自身が信じている。
「…自分と関わると不幸になるって信じている、あいつなんて嫌いだよ」
 誰よりも寂しがり屋のくせに。一人で眠るのが嫌いなくせに。行かないでって、何度も言いたかったくせに。全部飲み込んで、笑って、何でもないみたいな顔をして、俺は大丈夫だよなんて笑う、あいつのことなんて。
「大嫌いだよ」
 少女は俺の顔をしばらく見つめていたけれど、少ししてこくん、とうなずいた。この子も、強くてやさしい、残酷な子なんだな、と思った。あいつの気持ちを理解してしまって、それを覆せるほどの力も持っていなくて、ただ同じように嘘を吐くしかない。
 だけど俺は知っている。そうやって信じているお前が、何度も紡ぐ大嫌いの言葉の意味を。きっと少女も理解しているのだろう。いずれあの場所を離れる時あいつは言うに決まっている。心にもない言葉を、汚くて酷い言葉を投げつける。だけどその意味を、少女はきっと受け取るだろう。正しく間違いなく。大嫌いの裏に潜む、確かな愛の言葉を。