Note No.6

小説置場

やすらけし

 細い息を繰り返す目の前の人間を、じっと見ていた。青白い顔、隈の出来た目の下、こけた頬。閉じられた瞼は固く鎖されていて、黒い目は見えない。唇はかさかさに渇いていて、かろうじて呼吸を繰り返すだけだ。
 砂生はそっと手を握った。雪の日に任務へ出かけ、どうにか成功したものの追っ手を出され、逃げ延びたという友人の手を握った。刀を操るものらしく、かたい手のひらと指先をしている。見た目はわりと小柄で坊ちゃんみたいなくせに、手のひらだけはこんなに年季が入っているのだから不思議だ。何も言わず、ただずっと眠る友の手を握っている。
 友、と砂生は胸中でごちる。そうだ、きっと、友なのだろう。学び舎で机を並べ、共に育ち、同じ釜の飯を食った。そうして鍛錬を重ね、知識を吸収し、出来ないことが出来るようになって、俺たちはこんなに人殺しが上手くなった。だからこうして、目の前の人間は無事標的を殺害出来たわけだけれども、上手く逃げられなくて雪の中で埋もれることになったのだ。
 雪の中で、狂い咲きの桜に埋もれて発見された時、心臓はほとんど動いていなかったのだという。応急手当をして連れ帰り、治療を施してどうにか延命には成功したけれど、このまま回復に向かうのか、緩やかに死んでいくのは医者にもわからないのだという。そんな風にして、近しい者は死んでいった。人を殺して生きる砂生たちにとって、死とは決して遠いものではなかった。立っている場所が違うだけで、いとも容易く明暗は別れる。肩が触れ合う距離にいたのに、自分は生き延び、隣にいたやつが次の瞬間には事切れているだなんて、当たり前のことだった。学び舎で共に過ごした彼らのうち、とっくに鬼籍に入った者はきっと数知れないはずだ。何度祈っても、叫んでも、死んでいった人間のことを、砂生は嫌というほどよく知っている。
 手を握りしめながら、そっと語りかけた。聞いているのかいないのかわからないけれど、言わずにはいられなかった。
「…峠の茶屋の、三色団子はうまかったな」
 町の甘味処の葛きりも好きだったが、三色団子も捨てがたかった。貯めた金で大量購入して、食べきれなくてかびそうになってこれはいかん! と隣近所の長屋にまで配った。そしたらしばらくは団子大明神扱いされて困った。
「ザリガニ釣りに行った帰りに花火があがって、でも俺たちどこでやるのか知らなかったろ。で、どこでやってんのかって探しに行ったら迷子になった」
 どろどろになり夜道を駆け回り、学校では事件扱いになっていたという。おかげで帰ってきてからは先生に泣かれながらどやされた。
「夜更かししすぎて朝起きらんなくて、具合悪いんですーって嘘言って休んだよな。バレてくらった拳骨は痛かった」
 固くて骨ばった手を握る。自分の体温が移ってすっかりぬくくなった手のひらを、どこかへ行ってしまわないように、捕まえておくように握っている。瞼が震えて、唇からしめった息が漏れて、まだ生きているのだと実感する。
 学校を出てからのことはほとんど知らない。同窓生たちの噂だったり、町で店やってるやつの話だったりで、隠れ里で暮らしているのは知っていた。それから何の因果か俺の所と同盟結んで久しぶりに再会して、酒とか飲んだり遊郭いったりとか大人のオツキアイもしていたけれど、知らないことはたくさんある。
「雛を埋めた墓はまだあるかな。夕日の中で赤い楓の葉を見るのは、阿呆みたいに綺麗だったな。なあ、覚えているからな」
 逝かないでくれと叫んでも、消えないでと祈っても、叶わなかった。この手を放れて旅立っていったやつの何と多いことか、嫌になるほどよく知っていた。諦めているわけじゃないし、失っていくばかりのつもりでもない。それでも、俺たちは知っていたから、と砂生は思う。
「覚えているよ。今まで、一緒に暮らしてきて、同じものを見てきたろう。同じものに触れて、同じように笑ってきたろう」
 知らないことは山ほどある。わからないことも、わかちあえないこともある。諦めてしまったわけじゃない。また隣で笑って、団子を食べて花火を見て、阿呆みたいに笑いあって夜更かしして、酒飲んで遊郭に行く。だけれど、一つだけ安心してほしいことがあった。
「全部ちゃんと、俺は覚えているからな」
 だからどうか、と砂生は願う。もしも重い体を脱ぎ捨てて、先にいって待っているよと言うのなら。泣き言は言うけれど、恨みつらみは言わないから。ただここで、お前が居たことをちゃんと覚えていてやるから。
「安心して眠って、いいよ」

 

Motif: BUMP OF CHICKENR.I.P.