Note No.6

小説置場

乙夜

(こんなに立派なひと殺しになりましたよ)

 


 焚き火の炎がゆるくなっていく。ちらちらと姿が小さくなってゆき、その内消えてしまうだろう。それに気づいた寒菊が木をくべると、炎が盛って音をたてた。蔓はぼんやりとそれを眺めている。二人は何も言わなかった。
「…星が見える」
 寒菊がぽつりと言葉を漏らすが、それは蔓に向けての台詞ではなかった。単なる事実確認であり、頭上の夜空に散りばめられた星に対する感想だった。
「ほんとうだ」
 しかし、蔓は答えた。寒菊はわずかに意外そうな表情を浮かべたけれど、何も言わない。
「星がよく見えるな」
「…そうだな」
 蔓の言葉が問いかけの形を成していたので、寒菊は答えを返した。ずっと共に育ってきて、同じ部屋で過ごしてきた目の前の人間が何を考えているのかなど、わからないはずがない。胸に去来した思いがどんなものなのか、寒菊は知っていた。
「こんな夜でも、星は変わらず綺麗なものだ」
 こんな夜、が何を指しているのかなど明白だった。ある日突然呼び出され、言い渡されたのは「任務」だった。これが最初で最後の分岐点だと、言われずとも理解した。言い渡されたのは別々だったけれど、出立の時は同時だった。そして、先生たちの予想通り二人の標的は行動を共にしていて、二人は共闘することになった。待ち伏せをして罠を仕掛け、最後の一撃を与える。皮肉にも、長い間相部屋で過ごしてきた少年たちの呼吸はぴたりと合っていて、あっけなく相手は事切れた。
「こんなに血まみれでも、星は綺麗なままだ」
 横から見た蔓の瞳が濡れるように光っていて、寒菊は星のようだと思った。きらきらと瞬く星が、瞳に映りこんでいる。蔓は視線に気づいたのか、寒菊の方へ顔を向けた。
「こんな私でも、変わらず頭上に星は輝くんだな」
 相手はあっけなく倒れたけれど、実践は練習通りにはいかなかった。幸い致命傷ではあったものの、刃を向けた場所が頚動脈で、しかも真正面から向かっていたものだから思いっきり血を浴びてしまった。反射的に顔にはかからなかったのは、日頃の鍛錬の賜物かもしれない。だから、蔓が言うのはぐっしょりと血を吸った装束をまとった己のことだろうと思った。
「違うよ、寒菊」
 しかし、蔓は否定した。長い間共にいたのは蔓も同じで、寒菊の考えていることなどお見通しのようだ。眉を下げて何かをこらえるように、それでいて唇には笑みを刻んで蔓は言う。
「私は、肯定してしまったんだよ」
 何を? と目で尋ねれば、まばゆい笑顔を乗せて答える。見つめていられないほど真っ直ぐで、光で滲んでしまいそうなほど輝いている。
「寒菊が、私の生を望んでいるのだと知った時に」
 殺してしまった命のことなど微塵もよぎらなかった。奪ってしまった未来も、血まみれの自分自身も、すべて彼方に追いやってしまった。
「この行為が正しいとか正しくないだとか、そういうことではなくて。ただ、私は私自身の行為を認めてしまった」
 笑っているけれど、笑んでいるのではないとわかった。顔を歪めてはいないけれど、慟哭しているのだとわかってしまった。己の言葉が彼の心を震わせて喜ばせ、だからこそ得てしまったものを知った。
「すまない。寒菊の所為じゃあないんだ。ただ、ただ、私の生を望んでくれたことが嬉しくて、喜ばしくて、仕方なかった」
 笑顔のような表情で、蔓は続ける。炎の照り返しを受けた顔はゆらゆらと赤く照る。
「そうして認められるように、私はもう出来上がってしまっていたんだね」
 あの学校に入学して。共に学び、切磋琢磨して、吸収して、昇華して、知識を、技術を増やした。積み重ねた結果としての己が、どんな風に出来上がったのかを、蔓はやっと理解した。「遅くなってすまない」と笑うから、寒菊は手を伸ばした。
 笑わなくていいから。今だけはむりやり、笑わなくていい。動揺して、どうすればいいかわからなくて、それでいて答えを見つけてしまったというなら。混乱して泣き喚いてくれればいい。
 寒菊は蔓の手を取った。細くて長い指を、かわいた手のひらを握りしめる。蔓は弾かれたように寒菊を見つめるが、真剣なまなざしに深く息を吐く。それから、握られた手を握り返した。
「かんぎく」
 唇から絞り出した声が名前を紡ぐ。寒菊は答えず、ただ強く握りしめた指先で応える。
「私たちはきっと、この道を歩くね」
 そっと寒菊へともたれかかると、蔓の細い髪が鼻先に触れた。彼の育てた植物のような、かぐわしい命の匂いがした。太陽に向かってただ真っ直ぐと伸びていく。
「これからもずっと、この道を歩いていくね。私たちは、認められてしまったから」
 そうだ、と寒菊はうなずいた。この夜に、俺はそれを理解した。お前も、そうだったんだろう?
 もたれかかる蔓の顔は見えない。おだやかな声で、つぶやく。それは諦めでもなく、ただ当たり前の出来事を伝えている。寒菊はただひっそりとつないだ手に力を込めることで応えた。
「私たちは、立派な人殺しになれるね」