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Note No.6

小説置場

丁夜

(息をするように、ひとを殺す世界)

 


 大門からやって来る気配に最初に気づいたのは、照斗だった。落ち葉を掃いていた箒の手を止めて、遠くを見据えるように視線を飛ばす。奏波が続き、二人の様子に蔓も視線を向けた。すると、大門を潜り抜けて来たらしい小さな人影が見える。段々と大きくなってきて、それが誰だか理解すると、三人はほっと息を吐く。相手はもっと前から三人のことに気づいていたようで、笑顔のままで近づいてくる。
「よお。落ち葉掃きかー。俺も昔はよくやったよ」
「霙先輩、今日はどうしたんですか」
 同じ組だった照斗が代表して尋ねる。霙先輩、と呼ばれた人物はまだ幼さの抜けきらない顔で笑う。
「ちょっとこっちに来る用があってさ。近くまで来たなら顔出しておこうかと思って」
 何てことのないように告げられた旅篭町の名は、学校からだと三人の足で二日以上かかる。さすが卒業生は伊達ではない、と内心で舌をまく。最高学年の先輩たちだって、どうがんばっても一日はかかるだろうに、目の前のこの人は恐らく半日足らずで辿り着いている。
「可愛い後輩の顔も見たいし、校長が耄碌して顔忘れる前に会っとかないと」
 白い歯を出して冗談のように笑うけれど、恐らくそれだけではないだろうということは予想できた。小さい頃にはわからなかったいくつかのことが、大きくなってわかるようにはなったけれど、わかったからといって世界の何かを理解できたわけでもない。わかることが多くなったら、わからないことは倍以上になったような気さえしている。
「これだけ落ち葉あったら焼き芋出来るんじゃね?」
「いいですね」
 にこ、と蔓が笑って、照斗も同意した。奏波は特に何も言わなかったが、頭の中で芋はあったろうか、と考えている。
「この時期食堂には大概芋あるぞ」
 奏波の考えを見透かしたように答えると、何てことのないように続ける。
「差し入れっていうか報酬っていうか? 近隣農村からは物品で来るもん」
 意外と農村はお得意様なんだよな、とのんびりつぶやく。畑仕事や草むしり、収穫の手伝いだったり害獣を追っ払ったり、そういう仕事をしたことならある。低学年の時は、たまに入るそんな仕事がいい小遣い稼ぎになったし、腹を満たしてくれていた。
 しかし、三人の頭をよぎるのはそんなことではなかった。彼の言う「お得意様」が手伝いの延長のようなものである可能性は否定できない。それなのに、頭の中に映し出されるのはまったく性質の違うものだ。それを浮かべた三人によぎったのは、後悔ではなかったけれど。
「ああ…でも、焼き芋出来るまでいられるかは微妙だ」
 くるりと首を回しながら言われて、そういえばこの人は仕事の最中だったのだと思い至る。蔓は遠慮がちに声をかけた。
「お忙しいんですよね」
「んー、そこそこね。今ちょっと里長が外に出てるから、護衛が仰々しいだけだよ。俺より強い人間がたくさんいるから平気」
 世間話の一端のように、霙は言うけれど。三人は知っていた。今まで仕事の話をしても、一つとして具体的な話をしなかった人間だ。霙だけに限らず、誰一人匂わすようなことは言わなかった。
「…先輩、この前大怪我したんじゃありませんでしたか」
 淡々と質問をする奏波の言葉を聞きながら、当たり前のような顔をしてこの人はかぎわけてしまうのだろうと、三人は悟った。何も変わらなかったようでいて、恐らく変わってしまったことなんて、火を見るよりも明らかなのだろう。
「うわ、何で知ってるんだお前」
「この前砂生先輩が来ましたよ」
 奏波の返答に、あちゃあ、という顔をしてぺしりと頭を叩く。だけれど口元は笑っているから、本気で失敗したと思っているわけではない。砂生だって、言ってはならないことを軽々しく言うような人間ではない。霙は照れたような顔をして笑った。
「それじゃ、先輩面も出来なくなった所で、ちょっと校長の部屋行ってから帰るわ」
 言葉と共に歩き出すのは庭の方で、三人はいぶかしむ。校長の部屋は離れになっていて、生徒たちの長屋や教室棟からの道なら問題はないが、それ以外の――例えば庭には所狭しと罠がしかれている。
「現役ですから。勘が鈍っちゃ困るからね」
 言い捨てると、すぐさま跳躍して近くの木のてっぺんまで辿り着く。その背中に、照斗が声をかけた。
「霙先輩、今度俺たちに稽古つけてくれますか」
 一瞬、ぎょっとしたような顔で蔓と奏波は声の主を見た。今まで、何度言っても笑ってはぐらかされる台詞だった。本気で頼んでいるのに「いやだよ」とか言っては逃げてしまった。どの先輩に頼んでもそうだったのに。霙は、木の上でもはっきりとわかるほど大きな笑顔で答えた。
「俺の稽古は厳しいぞ」
 それが答えだ。照斗がどこか厳しい目をして、ありがとうございます、と叫ぶのと同時に、霙の姿は消えていた。奏波と蔓は一連の流れに深く息を吐く。
 あの人は知っていた。きちんと正しくかぎ分けていた。校長の庭まで跳躍していくその横顔は怜悧で、鋭くて、それでいて近しいものだとわかってしまった。自分たちのいる世界はそこなのだと、三人にはわかってしまった。言葉などいらない。ただ息をするように自然に、時が流れるように当たり前に、その世界へと踏み込んだのだと何よりその身が示している。