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Note No.6

小説置場

以血洗血

「いろは」

 酷い光景だった。死体なんていくつも見てきたし、むしろ自分で屠ってきた死体は両の手で数えても足りないくらいだ。だから、死体を見ただけだったら、見慣れてしまった光景の一部でしかない。
 だけどやはり、これは酷い光景だ。折り重なる死体は山と積まれていて、成人男性の背丈の二倍以上あるだろう。下の方の死体は重さに耐え切れずつぶれてしまっている。体液が流れ出して、地面はぬかるんでいた。歩くたびにねちゃねちゃ、と足裏が糸を引く。もっとも、本来の土の大地が見えている部分などほとんどない。地面の大半は死体で埋め尽くされていて、死体を踏まずに歩くことなど不可能に近かった。
 覆面を鼻まで覆って腐敗臭を防ごうと試みてはみたけれど、十中八九無駄だろう。鼻が麻痺する方が先だ。どこまで言っても死体の山が尽きることはない。さっき見た川辺も同じような光景が延々広がっていた。逃げ惑った人々が川を渡ろうとして、集まり過ぎた群集は身動きが取れなくなってしまった。そこを狙い撃たれたのか、川は死体で埋め尽くされていた。川面などは微塵も見えず、ぶよぶよした肉の塊が、隙間なく敷き詰められているだけだった。
「……」
 一度立ち止まり、果てのない光景の中で足を止めた。俺がここに来た目的は、生存者の救助だったはずだけれど、この場所に生存者などいるのだろうか。ここで物言わぬなきがらとなっているのは、戦闘員でも何でもない一般人だ。男のほとんどは兵役に取られているから、若い男子は見当たらない。女性や老人、子どもたちばかりの死体の山の中、正気を保って生きていられる人間が果たしているのか。身体的にも精神的にも甚だ疑問だ。
 それでも、俺は再び歩き出す。世の中は何が起きるかわからないし、もしもということもある。命を奪うことを生業とする俺が、命を助けるために歩き回っているなんて皮肉以外の何ものでもないけれど、それでも、何もしないよりはよかった。
 何をしたって無駄だと言えないくらいには、俺はまだ諦めきれていない。自分自身に絶望してしまえない程度には、俺の芯というものは頑丈だった。駄目かもしれないし、無駄かもしれないけれど、でも。もう少し西では、大規模な爆発があったと聞く。それでも、数人生き残っていた人間はいたのだというのだから、もしかしたら生存者はいるかもしれない。たとえ足がもげて腕がなくなろうとも。全身を火傷に覆われて、ほとんど口を利けなくなったとしても。それでも、生きていることを選んだ人間だっていると知っている。
 どこまで歩いても死体の山は途切れなかった。内臓が飛び散って血液と体液でぐちゃぐちゃの大地を歩く。まるでこれから俺が歩む道のようで、まったく俺にはぴったりだった。いっそ笑い出したいような気分になりながら、時折声をかけて歩いていく。傍から見たら、きっと俺は気でも狂っているように見えるだろう。死体しかない世界で、誰かを求めて歩き回っているだなんて。
(それでも、お前ならきっと)
 頭に浮かぶのは、同じ学び舎で机を並べた友の顔だ。同室だったあいつの顔が思い浮かぶのは致し方ない。なんせ、誰より何より近くにいた。決して仲が良かった、とは言えない。どこに行くにも一緒というわけじゃなかったし、常に行動を共にしていたわけでもない。だけど、同じ時間を過ごした年月は誰よりも長かった。同じものを分け合った回数は誰にも負けなかった。
(お前ならきっと、こうするだろう?)
 声を張り上げ、死体の中を歩いていく。どこまで行っても死体だらけの世界を、きっと俺は歩くのだろう。それでも俺は誰かを探して、声をあげて歩き回ってしまうだろう。お前がこうするみたいに。
 あの場所で培った様々なものは、生きていることを決して放棄させなかった。どんな道を選ぼうと、どんな世界を生きていようとも。あの場所で過ごした光溢れる日々は、それだけで引き留めるのに充分だったから、こうして気も狂わずにここにいる。
 もしかしたら、とっくに気なんて狂っているのかもしれないけれど。思いながら、気違いじみた光景をぐるりと見渡す。死体の山に囲まれて、生者の気配など微塵も感じられない。こんな光景を作り出せる人間は、きっと気が狂っている。そして俺もその一員だ。いずれこの件を契機に報復が敢行される。俺も恐らくそれに加わり、死体の山を築くだろう。今度は俺がこんな光景を作り出す。きっと俺は、血によっての報復しか出来ない。それしか知らない。
 それでも、俺は知っていた。お前の顔を思い出して、ふと唇に笑みを刻む。俺たち人間はずっと前から狂っている。気づいていないだけで、きっとずっと狂っている。血で血を洗うことしか出来なくて、報復には報復を繰り返して、死体の山を築いてきた。最前線の俺たちは、誰より多くの血を浴びて、何よりたくさん血だらけになってきた。俺たちは、それでもこうやって生きていくんだ。
 ずっと一緒にいた。一生懸命になることを隠していたけど負けず嫌いで、本当はずっと努力していた。お前の努力は誰より知っていたと思うけど、お前も俺の努力を知っていた。直接的な言葉があったわけじゃないけど、何よりお前の笑顔が言っていた。一緒にいる空気が心地よかった。隣にいることが楽だった。熾、お前だったらきっとこう言うよね?

 

 血を以って血を洗い、生きていく。