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Note No.6

小説置場

Hello, lady?

「紫夜の皇帝」

「で?」
 シャツのボタンを閉めさせてから、静貴は低い声で尋ねた。朝起きたらこうなっていた、という結人の説明を疑う理由はないし、大体嘘を言ったって仕方ないのだからそれはそのまま信じるとしよう。だけれど、静貴が言いたいのはそういうことではなかった。
「検査の結果としては、まだY染色体はあるから、遺伝子レベルでの変化ではないみたいだ」
 その内X染色体に変化したら困るけど、と言う目の前の人間へ視線を投げながら、そういうこと聞いてんじゃねえよ、と唸る。結人は目を丸くして、これ以上の検査結果は出てないよ? と言うので重い息を吐く。
「な・ん・で! お前は呑気に遺伝子検査してんだよ! つーかこういう時はもっとこうあるだろ、焦れ! 女になっちゃった! て喚いたり騒いだり叫んだりするだろ!? 何でお前そんなに落ち着いてじゃあまず遺伝子検査だな、になるんだよ」
「えー…だって、喚いたり騒いだり叫んだりしても解決しなさそうだから」
「それにしたってもう少しあんだろ。お前は冷静すぎる。てか、お前もだよ士音」
 順応早すぎだろ、と言って傍らの士音を小突いた。異常事態と言って過言ではない状況であるにもかかわらず、士音は結人の告白を聞いてもあまり変化しなかった。それ所か、「おっぱい触ってもいい?」などと聞き出す始末である。さらに、結人もそれを許すのだから始末が悪い。
「…ほんとにふにふにしてるよ?」
 きもちいいからさわれば? と聞いてくる士音に、静貴は思いっきり顔をゆがめた。何が悲しくて、昨日まで同性だった友人の胸を触らねばならないのか。例え今現在女性化しているとは言っても、例えその友人がその辺の女が寄ってたかっても敵わないくらい整った顔立ちをしているとしても。
「やだよ」
 即答すると、士音はきもちいいのにねえ、と言うだけだった。結人は特に何の感慨も浮かべない顔で、士音に胸を揉まれている。
「…おもい?」
「うーん…意識するとちょっと重いかなっていうくらい。あんまり大きくないしな」
「そうだねぇ…でも、十四なら、これくらいでふつう?」
「…たぶん」
 これくらいだと、あんまりたてにならないねぇ、とのんびり士音が言えば、結人もそういえば、と相槌を打つ。
「胸が大きいと脂肪でガードできるもんな」
「うん。ナイフさしにくいよ」
 呑気な会話だったが、その間も士音は胸を揉んでいるし、会話の内容も雰囲気に似ず物騒だった。静貴は聞き流そう、聞き流そう、と努めるが無駄だった。元々健全な十四歳男子の生理としては衝撃的な色々が目白押しだったのだ。冗談のように整った顔立ちをした友人に、下半身が反応したとかうっかり夢想したとか、そういうことは誓って絶対にないと言い切れる静貴である。しかし、今現在女性が近くにいることは変わらない。しかも、顔はやたら綺麗なのだ。思いっきり胸を見てしまったし、あまつさえその胸を友人が揉んでいる。揉まれている本人は全く意に介していないとは言っても、だ。静貴は健全な――それはもうあらゆる意味で健全な男子であって、しかも思春期真っ盛りの十四歳なのである。女の人が胸を揉まれている、という事実だけで何だか色々催しても文句は言われないはずだった。
「っだあ! お前もうやめ!」
 間違っても友人相手に何だか変な気を起こす前に、静貴の苛立ちが臨界点を突破した。士音の首根っこを掴んで投げ飛ばし、結人から離れさせる。士音は軽やかに着地を決めるが、不思議そうな顔をして近づいてくる。
「…どうしたの?」
「いいか、俺はおかしくねーからな! おかしいのはお前らだっ!」
 びしいっと指を突きつけて、士音と結人に吠えかかる。健全な十四歳男子の生理など、いろんな意味でぶっ飛んだこの二人に通じるわけがなかった、と噛み締めながら叫ぶ。
「十四の男は、女の胸揉まねえんだよ! おかしいんだよ!」
 女性の裸を見た所で、生殖活動に至る思考が出来るのかどうかすら怪しい二人だった。恐らく、裸を見ようと人体構造がどうのこうの、という見地に立つに決まっている。下半身に熱が集まるなんて発想自体、きっとこいつらにはない。そしておかしいのはそういうこいつらであって、断じて俺ではない。自分に言い聞かせながら、いっそ泣きそうになりながら吠え立てる。
「大体! もしも結人相手に何かどきっとかしちゃったら、俺が今後いたたまれねえだろうがああああっっ!!」
 肩で息をしながら絶叫された言葉に、士音と結人は顔を見合わせた。静貴が予想した通り、そんな発想はまるでなかった。何だか悪いことをしたような気がして、「ごめん」と言ってみる。静貴はがしがしと頭をかきながら、指令を下す。
「いいか結人。お前は頭ん中一緒だろうけど、完全女だからな。忘れんな」
 絶ッ対忘れんな! と念押しされた。凄味のある顔で、ただでさえ女みたいな顔してて今は体が女なんだから、女にしか見えねぇからな! と声高に叫ばれて、気にしていることを言わなくてもいいのにな、と思いつつ静貴が必死なので黙って聞いている。
「あと、服借りてくるから着替えろ。ミヅキあたりが持ってると思うから」
「え…いいよ、別に。服あるし」
 男性モノ着てたって問題ないだろ? と言うのに、静貴は険しい顔で却下と即答した。
「お前のシャツは薄すぎて体の線丸分かりだし、それに襟開いてるから胸見える」
 静貴の言葉に、士音がそういえば、とうなずいた。ちょっとおっぱい見えそうだね? と言うので、ああそうなのか、と納得した。静貴は今すぐにでも部屋を飛び出していきかねない様子で、言葉をまくし立てる。
「それから一人で出歩くなよ。絶対俺か士音連れてくこと。暗くなってからは外出禁止、研究室にこもるのもしばらく控えろ。重いものも持つなよ、筋力違うんだから。いいな!」
 言い捨てると、静貴はさっさと部屋を出て行った。恐らくミヅキに服を借りに行ったのだろう。残された結人は士音と顔を見合わせて、くすりと笑った。
「静貴って一番フェミニストだよな」