Note No.6

小説置場

Natural Conclusion

 最も喜んだのは静貴で、一番残念がったのがカホとミオ姉妹であることは、誰の目にも明らかだった。しかし、この姉妹がただで転ぶような人間ではないことなど、誰もが承知していた。
「…まあいいわ」
「洋服は、まだたくさんあるんだもの」
「髪飾りもお化粧道具も、まだまだたくさんあるんだもの」
 糸のように目を細めると、二人は微笑をたたえて結人に言葉を送る。散々遊ばれて多種多様の衣装を着せられ、化粧を施され、やっと解放される、と思ったのに。甘かった、ということを結人は痛切に感じながらも、曖昧な笑顔を浮かべていることしか出来ない。下手に反論した方がひどいことになるということを、身を持って理解しているのだ。
「大丈夫よ、結人は綺麗な顔をしているもの」
「平気よ、きっと似合うわ」
 にっこり、とあでやかに微笑まれても嬉しくはないけれど、一応礼を言っておく。ミオとカホは、結人がまるで喜んでいないことなどもちろんわかっているけれど、そんなことで自らの行動を省みるような人間ではない。結人の造作が整っていることは誰もが知っていることだし、不細工の女装など見たくはないだろうが、結人なら別だろう。男ではあっても、女物の装飾がこの上もなく似合うに決まっている。結人の女装ならきっと美しいから、見ていて不快になるはずもない。大体、アレだけ綺麗な顔をしているのだから、多少なりとも飾ってやらねば申し訳ない気分にすらなってくる。
「あたしも協力するからねっ!」
 声をあげたのはミヅキで、満面の笑みをたたえている。カホとミオは、鏡に映したように瓜二つの笑顔を浮かべると、ミヅキの頭をやわらかく撫でる。
「それはありがたいわ」
「それはうれしいわ」
 結人からすれば全く嬉しくない結託が結ばれ、ミヅキは輝くような笑顔で「逃がさないから!」と宣告してくる。このまま、女性たちの着せ替え人形よろしく玩具にされる運命が決まったが、男性陣は一言も口を挟まない。我が身がかわいいからだ。
「あ、じゃあ、あたし用あるから。ばいばーい♪」
 ミヅキが暇を告げ、姉妹も部屋を出て行って、残された男性陣はほうっと息を吐く。ハルトが少し申し訳なさそうな顔で、「えーと」と言った。
「結人、頑張れよ? オレ、結人の好きなものたくさんつくってやるからな?」
「…ありがとうございます…」
 精一杯の励ましであることを知っているので、結人はお礼を言うしかない。出来れば助けて欲しかったけれど、無理なものは無理だ。あの三人に太刀打ち出来る人間などいるはずがない。
「あ、でも、ほら。結人はほんとに綺麗だし! ウエディングケーキ作ってもいいと思ったし!」
 あまりフォローになっていない台詞だったけれど、曖昧に笑っておくしかない。本気で言っていることもわかっているし、あくまで善意からの台詞なのだ。
「yah、その通り。おれも思うぜ、結人は綺麗だったぜ、じゅーぶん!」
 続いた声は明らかに笑いを含んでいた。ゴーグルのようなごついサングラス越しでは目が見えないが、笑っていることは間違いない。
「だってお前は綺麗だし、そんくらいいいよ。結婚申し込んでたぞおれ、知らなかったらさ、お前だって」
「…知っててくれてよかったですよ」
 仲介屋に結婚を迫られた、なんて笑い話にもならない。心底言ったら、大きな口を開けてかはは! と笑った。ハルトが人の好い笑顔を浮かべて、「そしたら、オレがケーキ作ったよ」とか言うので、仲介屋はぐしゃぐしゃとハルトの頭をかき乱す。
「ハルトさん、さすが! とーぜんって思ってくれてるんだ、OKされるって」
 にやにや、と笑みを浮かべる仲介屋にハルトがもちろん、と真っ直ぐに答える。仲介屋は少し困ったような顔をして頬をかいていた。
「ほっほ、お前さんも適わんナァ」
 その様子を眺めていた老人が言えば、仲介屋は肩をすくめた。適わんのは一緒だろ、じーさんだって、という言葉にも動じずハルトに向かって言葉を投げる。
「当たり前じゃろ。ハルトは嘘吐かんもんな、なー」
 可愛らしい感じに首をかしげて同意を求めても、ハルトはにっこりと笑って「嘘吐けるほど頭よくないからね、オレ」と答えるだけだ。じいさんは満足そうにうなずくと、椅子から立ちあがって「帰るか」と仲介屋とハルトに声をかける。それから、自然な動作で結人の前に立った。
「何にせよ、やはりお前さんは元に戻ってよかったな」
 黄縁のサングラスの奥の目は見えない。それでも、今どんな優しい目をしているのか、知っている気がした。ゆっくりと手を持ち上げると、丁寧に頭を撫でる。
「結人が綺麗なことは、ここにいる誰もが知っておるし、誇りにも思っておるからの」
 含み笑いを残すと、さて、ときびすを返す。軽くて明るい声でさっさと帰るぞ、と二人を促した。ハルトはまたな、と言って仲介屋はじゃ、と手を振り、じいさんはほっほ、と笑って部屋から出て行く。
 残されたのは結人と、士音と、静貴だけだ。結人は撫でられた頭に手を添えながら、ほんのりと微笑を浮かべていた。不安がなかったといえば嘘にはなるけれど、とりたてて重大なことだとも思っていなかった。きっといつかは慣れるだろうと思っていたし、何だかんだ言いながら変わらず接してくれるだろうと確信していたからだ。
「…ゆいと」
 近寄ってきた士音がにっこりと笑った。さっき撫でられた頭に、結人の手に自分の手を重ねると、ぽとりと言葉を落とす。
「よくがんばりました」
 いいこいいこ、してあげるね、と言ってゆっくりと頭上で手のひらが行き来する。どんな顔をすればいいかわからなかったし、胸が詰まって言葉も見当たらなかったから、ただ無言でいることしか出来ない。
 どうにかなるだろうと思っていたのは本当だったけれど。変わらないでいてくれるだろうと思っていたけれど。それでも、こうして当たり前のような顔をして今の己を受け入れてくれる人たちの存在を、こんなに尊いと思える。
「結人」
 静貴が名前を呼んだ。士音が手を離し、結人は顔を上げた。険しい顔をしているように見えるけれど、ただこらえているだけなのだと、士音も結人も知っていた。しっかりとした声で、結人の名前を呼んだ静貴は言った。
 自分の顔を好きだと思ったことはほとんどなかったけれど。玩具にされているとしても、全力で好いてくれていることがくすぐったかった。綺麗だと言ってくれて誇りだと思ってくれて、大事にしてくれたことが、恥ずかしくてこそばゆかった。元通りの自分になったとしても、変わらず接してくれて大切だと言ってくれる人たちは、きっとみんな思ってくれている。
 頑なに難しい顔をしていたけれど、こらえきれなかったのか、口元がゆるむ。目を細めて唇を開いて白い歯がこぼれている。光り輝く瞳をして、やわらかな笑みをたたえて、静貴が言う。誰もが思った言葉を、代表して伝える。
「おかえり」