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Note No.6

小説置場

Give the gun!

「世界で一番大きな丸を」

 控え室代わりに使っている森番小屋に戻り、ゴーグルを外した。切り取られていた視界が広がり、見慣れた風景が戻って来る。やはり、ゴーグルをしていると認識出来る範囲が狭いよな、と思った。
「イチイちゃん、お疲れー」
 積まれた藁に体重をかけて突っ立っていたら、取れかかった扉を押してアヤイ先輩が入ってきた。にこにこ、といつものように満面の笑みをたたえながら近寄ってくる。
「やあ、無敗の女王はさすがだ」
 心底感心した、という態度でそんなことを言うけど、やっぱり満面の笑みは変わらない。貼り付けたような表情で吐き出される言葉は、どことなく真実味に欠けている。まあ、先輩はいつでもこんな感じなんだけど。
「ありがとうございます」
 お礼を言ってから、腕時計に目をやる。そろそろ戻らないと昼休みが終わってしまうな、と思った私の胸の内を察したわけではないだろうけど、アヤイ先輩は袋から今日の売上を取り出した。
「はい。これ、今日のイチイちゃんの分」
 かけ金から胴元の分を指し引き、勝利分を上乗せした額だ。丁重に受け取って、ポケットの財布にしまいこむ。貴重なお金だ、大事にしないと。
「あの、それじゃあ。私はこれで失礼します」
 ぺこり、と頭を下げる。お金はもらったし、急がないと授業が始まっちゃうし、あまりここに長居は出来ない。アヤイ先輩は、含むように笑って「もうちょっとゆっくりしてけばいいのに」とつぶやく。私は曖昧な笑顔を浮かべた。
「私は次の授業サボるけど、イチイちゃんもたまにはそうしてみたら?」
 笑顔のままで、どんな表情も読み取らせない顔で、アヤイ先輩は言う。たぶん、私の答えなんてとっくにわかっているのだろう。
「いえ、私はいいです」
 首を振れば、「やっぱりね」というように肩をすくめた。何度かこうして誘われているけど、ほとんど了承したことがないので、もしかしたらこれはアヤイ先輩なりの社交辞令なのかもしれなかった。
「でも、女王に会いたいって人も結構いるんだよ?」
「…それは益々、出て行き辛いです」
 積極的に隠しているわけじゃないけど、大々的に素性を明かすつもりはない。見つかったら後々面倒だということもあるけど、アヤイ先輩による宣伝活動のおかげで、一部の人たちの間でやたら伝説的扱いになっているから、余計に顔を出しにくいのだ。だって、何だかものすごく期待されている。
「いいじゃない。たまにはサービスしないと、これだから訓練生はお高く止まって、とか言われちゃうんだよ」
「なら、もう少し人間味あるキャラクターにしてもらえると有難いんですけど」
「えー。つまんないじゃない」
 悪びれもせず言うのは、レースの広告塔として使用している「無敗の女王」「氷のクイーン」とかいう諸々のフレーズに対してだ。
 一応、学園外での飛行は禁止されている(守っている人間はほとんどいないけど)、訓練生による飛行レースだ。違法なことこの上なく、バレれば今までの記録を余裕で更新出来るほどの、長期停学が待っている。なので、地下に潜るように、一部の人間しか知らない娯楽ではある。だけど、アヤイ先輩の宣伝活動の賜物なのか何なのか、着々と客数を伸ばしているのがこの飛行レースだ。
 その宣伝活動の一環として利用されているのが、「無敗の女王」だとか「氷のクイーン」だとかそういう文言だった。曰く、これまでのレースでただの一度も負けたことがない、いつでも頂点に君臨する「女王」なのだという。冷静沈着、常に落ち着き払って泰然とした姿は正しく氷のクイーン! とか何とか持ち上げていた。
 それがつまる所私なのだけれど、アヤイ先輩の口上によって「女王」は、もはやカリスマ性溢れる無敵の女王様である。美人で気高く、楚々としていながら凛として、非の打ち所のない最強の女性。
 自分がほど遠い自覚はあるので、お客さんの前に出るなんて言語道断の行為だった。大体、まだそんなに人のいない時期は普通に負けてたから無敗じゃないし。コースを把握してコツを掴んだのと、お客さんが入るようになった時期が合っていたから、連戦連勝で無敗のように見えているだけなのだ。
「もうちょっと表舞台に出てくれたら、報酬弾んじゃうんだけどなー?」
 独り言のような声で、それでいてしっかりとこちらの耳に届くよう言葉を発する。一瞬所か大いにぐらついたのを、アヤイ先輩は見逃さない。笑みを唇に刻んでほがらかに言った。
「気が向いたらいつでも言ってね、イチイちゃん!」
 全力で待ってるから! と続けられたけど、曖昧な笑顔を浮かべることでそれに答えた。はっきりとした肯定ではなく、かといって否定でもなく。お金の稼げる手段は、少しでも残しておきたいし。
「アヤイ先輩、失礼します」
 もう一度挨拶をしてから、ただの板と言っていいような扉に手をかける。レース会場からは随分遠い場所にあるので、人はいないと思うけど念のため辺りを確認して、素早く小屋から出た。
 時計を見ると、授業開始まで後5分。授業は中央棟だから、ここから飛んでいけば、余裕で間に合うだろ。さっき外したゴーグルをもう一度かけて、ベルトを調節する。視界良好。空に目を転じれば、そびえたつ木々が真っ直ぐとたたずんでいる。木の葉が落ちる様子もなく、風はないようだ。
 目を閉じる。心の中で、私にだけ見えるスイッチを点火する。目を開けた瞬間、ふわりと体が持ち上がり、そのままスピードを増していく。高く、遠くへ、飛んでいく。