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Note No.6

小説置場

プライド

 シュウゴが風邪を引いたらしい。
 防衛の授業が終わった後、用具を片付けていたらキミシマ先生に言われたのだ。「そういえばノノトが風邪ひいてぶっ倒れたらしい」と。
 私としては「そうですか」と答えるしかない。大丈夫だろうか、とは思ったし、早くよくなればいいけど、とも思ったけれどそれくらいだ。だって風邪なら二、三日安静にしてれば治るし。なので大変だなぁ、くらいの気持ちで答えた。
 するとキミシマ先生は、溌剌とした笑みを浮かべて続けた。「でも学校に出るって言って聞かないらしいから、アオギリどうにかしてくんない?」と、いたって普通に言い切った。
 正直、私が何を言った所でシュウゴの決意は変わらないと思う。医者に睡眠剤の一本や二本打ってもらって大人しくさせておいた方が賢明だろうし、キミシマ先生はそんなこと充分承知しているに違いない。それなのにわざわざそんなことを言うのは、つまり様子を見て来い、ということなのだろう。
 だけど寮には寮監督だっているし、学園内には医者だって常駐している。私が行く意味はあるのだろうか、と考えると大した理由は見出せない。だけれど、キミシマ先生には何か考えがあるのかもしれないし、それに私だって気にならないわけじゃない。
 だから「わかりました」と答えて、放課後シュウゴの部屋へと向かったのだ。
 特級生で寮に入っている人間は少ない。だからなのか、特級生は一人部屋が基本だし、面積も広い。簡単な自炊スペースもあるし、引きこもることも可能だし、最も自分なりの装飾が施されているのが特級生の寮だと聞く。だけど、シュウゴの部屋はいたって質素だった。備え付けのベッドと机、それからいくつかの食器類、おざなりに吊るされたカーテン。目を引くのは、大きな本棚とみっしり詰まった書籍、入りきらなくて床に積み上げられた本の塔くらいだろう。これだけが、部屋の主の性格を表している。
「…イチイ?」
 寮監に事情を話して部屋へ通してもらったら、寝ているはずの人間が本を読んでいた。薄々予感はしていたけど、やっぱりか。こいつには、風邪の時は安静にするという選択肢がないらしい。
「何しに来たんだよ」
 返してない本でもあったか、というくらいの顔で聞かれた。実際シュウゴはそれくらいにしか思っていないのだろう。私は無言で上がりこみ、来る途中で買ってきた林檎を差し出した。そこでやっとシュウゴは、片眉を上げた。
「…んだよ。テメエも風邪引きは寝てろって言いに来たのか」
「普通はわざわざ言いに来ないけど」
 普通は寝込んでいるので、言いに来る必要がない。しかし、シュウゴは心外だ、という顔で唇を尖らせた。
「寮監のヤツも外に出さねぇってうるせーんだよな。体温が2・3℃上がったくらいで騒ぎすぎだろ」
「3℃上がったら騒ぐでしょ」
 人間の平均体温は37℃前後で、3℃上がったら充分オオゴトだ。42℃越えたらタンパク質固まって死ぬし。それくらいわからないシュウゴではないから、結構熱があるのかもしれない。
「寝て栄養取って、さっさと治した方が賢明だと思うけど」
 正論を言ってみるけどシュウゴは不満そうな顔を崩さない。手にしていた本をぺらり、とめくりながら「寝てる場合じゃねーんだよ」と言う。
「俺が休むと発表がワンシーズン遅れるだろうが。大体、俺がいねーと研究が停滞する」
 きっぱり言い切ると、再び本の世界に戻ろうとする。どうやら、何らかの研究が大詰めを迎えている所らしい、ということはわかった。恐らくそれ関連で無理をして体調を崩したのだろう。シュウゴは変わらない口調で、「俺がいねーと困るやつがいるんだよ」と断言する。
 あまりに強い言葉に、さすがはシュウゴだと溜め息が漏れる。そこまではっきりと、自分の力を認められるのがシュウゴのすごい所であり、真似出来ない部分だろう。
「何だよ」
「いや、そこまで絶対の自信を持てるってすごいな、と思って」
 溜め息を聞きつけたシュウゴに尋ねられるので、素直に答えた。すると、ひどく当たり前の言葉を聞いたような、何でわざわざそんなこと言うんだ、という顔でシュウゴが言う。何の不思議もないような、当たり前のような顔で。
「俺が俺を誇らないで、誰が俺を誇るんだよ」