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Note No.6

小説置場

僕に願う

「Crossing Game」

「俺が由月に撃たれたのって何回くらい?」
 突然問いかけられた由月は、綺麗な形をした眉を思い切りひそめた。いきなり何を言ってるんだコイツは、という顔である。しかし、それでも無駄に記憶力のいい由月は、するりと答えを出した。
「本気で撃ったのなら3回。遊び含めていいなら29回かな」
「…あれ俺意外と撃たれてる…」
 地味に衝撃を受けているらしいライのことは無視して、質問の真意を問い質そうと、由月は口を開いた。
「一体何なの。そんなこと気にしてどうするのさ」
「いやー単純にあれって思っただけ。トビアスと話してて、由月は本気でライを撃つことあるのかっつーからさ。あったよなー、と思ったら何回くらいだっつーわけで」
 そうか、3回かー、などと思い出しているライに気づいて、由月は席を立った。これ以上突っ込まれると面倒だな、と思ったからである。しかし、ライの行動は早かった。
「最初ってアレだろ。俺が制御利かなくて、お前のこと殺しそうになった時」
「……そうだね」
 部屋から脱出しようと試みたが、会話を中断して出て行くなど不自然なことこの上ない。変に先走ると時々妙に聡いライのことなので、感づいてしまうかもしれない。結論を出した由月は、当たり前のような顔で椅子に座り直した。ライは気づいていない。
「あの時、眼ぇ覚めたらお前すっげー怒ってんだもんな」
 当時のことを思い出しているのか、ライは遠い目をしている。恐らく目を醒ました後、淡々と吹雪が吹き荒れるような態度で治療を続けた由月のことを言っているのだろう。
「何であんな怒ってたわけ?」
 真っ直ぐとした目で尋ねられる。誤魔化してもいいはずだった。知らないフリをして、忘れているフリをして、何のことだと惚けてしまえばよかった。由月なら上手く出来ると、わかっていた。
「そりゃ、君が無頓着すぎるから」
 だけれど由月は嘘を吐かなかった。正直に話すことを選んだ。その目の真っ直ぐさに打たれたから――ではなく、単純に今も思っているからだ。
「今もだけど、君は自分を過信しすぎて、自分の命を守ることに無防備すぎる」
 あの時だってそうだ。君はあの時、銃を撃った僕に向かって笑ったんだ。そうやって立ち向かう人間の要ることがたまらなく嬉しいのだと、満面の笑みで伝えたのだ。それでいい、撃てばいい、自分の命を守るために、戦えばいい。自分の命を狙った人間さえも、許しきって笑っていた。
「君を殺すのは僕なんだからね。勝手に命を危険にさらしてもらっちゃ困るんだよ」
 肩をすくめて言い切る。ライは「お前なんかに殺されねーよ」とぶつぶつ言っているが、由月は気にすることなく、伝えなかった言葉を飲み込んだ。本気で殺してしまう所だった自分を許したことが我慢ならなかったのは本当だ。だけれど、その理由は少し違っていた。
 ただ由月は許せなかったのだ。もう消えてなくなりたいと、この世からいなくなりたいと願っていた自分自身を、立ち上がらせて生き延びさせた。そして、生きろと言った。お前がいると俺の人生は楽しいと、そりゃもう自分勝手な理由で、自分の命を生かした。その本人が勝手に死ぬだなんて、命を粗末にしているだなんて許せなかったのだ。決してそれは言わないけれど。
「……のわりに、血ぃくれたりとかすんだから意味わかんねーんだけど」
 単純に疑問に思っているらしい。由月の方へ向かって、変哲もない口調で言葉を投げる。
「俺に襲われたらガチで撃って来るくせに、死にそうになったら何でお前血とかくれんの?」
 放っといたら俺死ぬんだけど、と続けられる。由月は悟られないように深呼吸して、頭の中で素早く言葉をさらった。言ってもいいこと、伝えないこと、隠しておくこと。一瞬で選別すると、晴れやかな笑みで口を開く。
「僕はね、黙って殺される趣味はないんだよ」
 襲われたらやり返すに決まってるでしょ、と言うと「そういうもんか?」とぶつぶつつぶやいている。
「うん。やられたらやり返すし、殺されるのをただ黙って受け入れられるわけないじゃない」
 殺されそうになったとして、ライが望むならと全てを受け入れるつもりはない。危険なのが自分の命だけなら、全身全霊で撃退して殺すつもりで反撃する。どうせ死にはしないのだ、殺してしまうかもしれないけれど、全力で立ち向かう。
「でもまあ、死にそうになってる時って、僕じゃない誰かの所為でそうなってるわけだし。なら、ちゃんと助けるよ? もっとちゃんと僕の手で殺す時まで生きててもらわないと困るしー」
 茶化しながら言い切ると、「相変わらずだなお前」と呆れたようにライが答える。常々言っていることなので、そういうもんだと納得しているんだろう。由月は内心で息を吐いた。
 完全に嘘ではないし、大部分は本当だ。いつかライが終わりを望んだら、この手できちんと最期を与えるつもりだった。だからそのために命を繋いでいるのも本当。だけど、それだけなんかじゃない。
 僕は君を助けるためなら全身全霊を懸けてしまうだろう。この命さえ賭してしまうだろう。きっと君にはその理由が納得出来ない。だから決して口にしない。君には言わない。それでいい。
 由月は唇に笑みを浮かべて、内に秘めた決意をなぞる。恐らく、揺らいでいた己自信を気づかず救ったあの日から。折れそうな心に手を差し伸べてしまったあの日から、決めてしまったのだ。
 ライは絶対に僕を必要としない。僕がいなくても生きていける。絶対に、揺るぎなく言い切れる。だから、僕は躊躇いなく命さえ投げ出せるんだ。意味ばかりを最初に与えられて生み出された僕だから。生まれた意味を作り出された僕だから。最期の最期くらい、他人の意志も願いも存在しない場所で命を終わらせたい。何一つ意味も理由もなく、僕自身の勝手な都合で、僕の願いのためだけにこの命を終わらせたいんだ。