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Note No.6

小説置場

隠れ鬼

「こちら幸せ堂!」

 膝を抱えてうずくまっている。どきどき、心臓の音が響いているのは緊張しているからだ。前を行き来する見慣れた人影が、名前を呼ぶ声が、ここを見つけてしまわないか。上手く隠れていられるだろうか。心配だから鼓動が早い。
 幸成は高鳴る鼓動を抑えながら、息を詰めて様子をうかがっている。縮こまって気配を探りながら、小さな胸は不安ではち切れそうだ。
 見つからないか、鬼はここまでやって来ないか。――ちゃんと見つけてもらえるだろうか。

 公園の片隅には倉庫があり、隣の家との境界線はフェンスで仕切られている。傍目には倉庫とフェンスと隣の家が、隙間なく並んでいるように見えるけれど、倉庫の裏側にはぽっかりと置き忘れられたような空き地があった。低木が葉を茂らせているせいで、空き地を知っている人間は少ない。倉庫の屋根伝いでなければたどり着けないからなおさらだ。
 隠れ鬼をすることになり、幸成は真っ先にこの場所を選んだ。いつだってすぐに見つけられてしまうのが悔しかったし、いつだって輝いて見える年上の彼らに胸を張ってみたかったのだ。
 今の所その目論見は成功しているようで、鬼たちはまるでこちらに気づいていない。最初は、「いい場所を見つけた」と心密かにガッツポーズをしていたのだけれど。段々と太陽が沈んでいき、夕食の匂いが漂いだすに従い、幸成の胸にはじわじわと不安が溜まり始めていた。
 誰にも見つからないような場所を選んだつもりだった。きっと彼らも知らない場所だ。見つけることが難しいと知っているからこの場所を選んだ。だけど、それなら、それなら、もしかしたら見つけてもらえないかもしれない。見つけてもらえないまま帰ってしまったらどうしよう。
 そんなことはない、とわかっているはずなのに、わずかながらも確かな不安が胸に沈んでいくのが、幸成にはわかった。心なしか公園はひっそりし始めた気がする。人の声より、風に揺れる葉の音が大きいのか、知った声が聞こえない。運動靴の爪先をじっと眺めながら、見つかりたくないような、見つけてほしいような、複雑な気分を抱えていた時だった。
「…ここいい?」
 上から降ってきた声に、幸成は弾かれたように顔を上げる。うっすらとしたオレンジ色に染められているのは、よく知っている顔だった。
「…宥」
 思いがけない人物の登場に、幸成は何を言っていいかわからず、ただ名前を呼ぶ。しかし、宥は気にすることなく屋根の上から身軽に飛び降りると、幸成の隣に着地した。返事はしていないけれど、ここへ居座ることに決めたらしい。
「…もう見つかってるかと思ってた」
 思わずこぼすと、宥は何とも思っていないような顔で「いつもはそうなんだけど」とうなずいた。
「宗兄が、今日こそマジメにやらないとめぐん家の道場へ入れるって脅すから」
 それは嫌だと思って、がんばってる、と抑揚のない声でつぶやいた。頑張るというには気合のない顔だけれど、本人なりの決意を固めているらしい。幸成はわかったようなわからないような顔で、「ふうん」と答えた。
 宥はこうして外で遊ぶより、室内で本を読む方が好きだった。大体、兄の宗に引きずられて無理矢理やってくるけれど、隠れ鬼だろうと缶けりだろうと鬼ごっこだろうと、真っ先に捕まったりして隅で本を読んでいる。だから今日もそうだろうと思っていたのだけれど。どうやら兄は、そんな弟に業を煮やして実力行使に出たようだ。
「…宗兄らしい」
「うん」
 遊びの主導権を握っているのは、大体が宥の兄である宗の同年代だ。やることなすこと派手で人目を引くし、それぞれ個性的な面子のため、宥や幸成たちはもちろん、大人たちにも顔を知られている。
 そんな彼らは楽しいことには誰でも彼でも巻き込みたがる。筆頭とも言える宗だからこそ、弟に全力で遊ばせようと考えているのだろう、ということは簡単に想像出来た。
「面倒くさいけど」
 少しだけ肩をすくめて言う宥の様子に、幸成は小さく笑った。面倒くさいとは本気で思っているだろうけれど、嫌がっているわけではないのだ。無表情ではなく、呆れのにじむような。受け入れきったような仕草に、何だか嬉しくなりながら幸成は口を開いた。
「…よくここ知ってたね」
「うん。そこに咲く蔓薔薇に興味があって」
 隣のフェンスを示すので目をやると、確かに何かが巻きついている。宥は読書家ではあったけれど、同じくらいに研究家でもあった。本を片手に町中をウロウロしていることもよくあり、そのおかげか妙な知識も人一倍あった。
 こんな所に薔薇が咲くなんて知らなかったし、何の植物かなんて気にしたこともなかった。宥はすごいな。目の前の人間を眩しい気持ちで見つめていると、さわさわ、と風が流れた。低木を撫でて葉を揺らしていく。それらが過ぎ去っていくと、辺りの静けさが余計に際立っている気がしてくる。
「…帰っちゃったのかな」
 人の声が耳に届かないので、思わず言った。そんなことないと思うけど、でも。ゆらゆらと視線をさまよわせつつつぶやくと、宥は「そんなことしないよ」と答えた。励ますような力強さは微塵もない。
「かいっちゃんたち負けず嫌いだし」
 恐らく、励ましたり宥気づけたりする気など毛頭なかったのだろう。宗の同学年、宥や幸成にとっての兄貴分たちの性格を考えて、結論を下したらしい。当たり前のように言われて、そういえば、と幸成もこぼした。
「…静馬くんも結構、張り切る方だよね」
「うん。だから諦めないと思う」
 意地でも見つけると思う、と言われてうなずいた。確かにその通りだ。彼らがそう簡単に引き下がるわけがないのだ。当たり前のことに今さら気づいたようで、幸成は少しだけ照れくさい。それを隠すように、はにかみながら言葉をつないだ。
「うん。そうだよね。帰っちゃうわけないんだ。寂しくならなくていいんだよね」
 だってきっと諦めない。もしも駄目だって、大きな声で名前を呼んでくれるだろう。そしたら自慢気な顔をして出て行けばいい。寂しがる理由なんてどこにもないんだ。
「…さびしい?」
 しかし、宥は幸成の言葉を不思議そうに繰り返した。何が寂しいのか理解出来ない、という顔だ。幸成は自分が変なことを言っただろうか、と思いながら「だって」と続ける。
「ここに残されたら、寂しいでしょ?」
 まだここにいるのに。いなかったみたいに、探すことを諦めて帰ってしまったら。見つけてもらえず、ここで膝を抱えていることしか出来なかったら。そんなの、だって、すごく寂しいじゃないか。
 思って言ったのだけれど。宥は不思議そうな顔で言うだけだった。当たり前の事実を述べるように、ありふれた力強さではっきりと。
「ユキがいるなら、さびしくなんてないよ」