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Note No.6

小説置場

賛歌

 本当は、そんなに難しい話じゃないんだ。

「お前はすごいよな」だとか、「真似出来ない」だとか、そんなことを言われるのは初めてじゃなかった。思い返してみれば、記憶の中にその言葉はいくらでもあって、好きなように取り出せるほどだ。だから僕にとってはとても耳に馴染んだ言葉であることは間違いない。
「…そんなに大層なことじゃないんだけどな」
 つぶやいてから、今まで読んでいた本を閉じた。ぱたん。ハードカバーのしっかりした装丁の本を閉じる音は耳に心地いい。意外と音はよく響いて、空間を切り取るようだった。
 ふと思い出すのは、僕にそれらの言葉をかけた兄や、幼馴染たちの顔だった。呆れるようでいて、どこかに感嘆が混じっていた。馬鹿にするのではなく、冗談に紛らわせて心から讃えていたのだろう。その理由を僕はわかっているつもりだ。
 たとえば僕は、他人の目を気にしたことがほとんどなかった。上手に周囲へ溶け込んでいた、というよりも、明らかに異質な自分を自覚していたけれど些細なことだったのだ。気づいていないわけでも、強がっているわけでもなく、正しく気にしていなかった。だって本当にどうでもよかったから。そういう点を指して、周囲の人間は「強い」だなんて言うのだと知っている。だけど。
「僕は強い人間じゃない」
 何度か言われてきたけれど、そんなに強い人間じゃないことは、僕が誰より知っている。折れない心を持っているわけでもなく、弛まない精神も、気高さも崇高さも、ほんの些細でしかないだろう。きっと他の人と何も変わらない。
 しかしそう言っても、「でも」という言葉が返る。めぐが口ごもるように「でも、やっぱり、宥はすごいと思うよ」とつぶやく。
「…うん。だって、宥って本当に、自分の芯しっかり持ってるじゃない」
 真剣な目をしてタカが言えば、隣のユキもうなずいた。力強い目をして僕を見ている。きっと、三人は心から僕を強い人間だと思っているんだろうな、とわかった。
「いつだって、自分の軸がきちんとある。俺、たちは、すぐに揺らいじゃうのに」
 笑うのに失敗したような顔でユキが言った。めぐとタカもうなずいているので、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。そんな、とてもすごいことのように言わなくたっていいのに。何だか自分が素晴らしい人間になったような気持ちになるくらいだ。
「簡単な話だ」
 きっぱりと言いきった。三人を見つめて、とっておきの手品の種明かしでもするみたいな気分で続ける。
「僕が周りの目を気にしないでいられるのは、そんなに難しい理由じゃない」
 周囲の言葉に左右されず、自分の意志を持って進んでいけるのは。馬鹿にされても陰口を叩かれても、倦まずに歩いてこられたのは。いつだって自分自身の軸を保っていられるのは。
「みんながいるからじゃないか」
 真っ直ぐと言葉を投げた。
 僕にとってそれは、疑いようもないほど明白な事実だった。どんな時も疑ったことがないくらい、当たり前でいつでもここにあるものだった。あまりに当然過ぎて口に出したことはないけれど、そんなに大層なことじゃないんだって、言ってみてもいいだろう。
「どんなに突飛なことをやろうが、周りと違っていようが、受け入れてくれるって知ってるんだ」
 周りと違っていることが怖くないのか、とか。はみ出して叩かれたらどうするのだとか。自分の意志を貫いて煙たがられるのが嫌じゃないのかとか。遠まわしに、時々直接聞かれたことがあるけれど。そんなの考える余地もない。
「だってお前たち、絶対僕の味方だろ」
 周りと違っていたって、そんなの関係なく受け入れてくれる人がいる。はみ出して叩かれるのは痛いだろうけど、癒える場所を知っている。自分の意志を貫いて煙たがられたら、それは僕の居場所じゃないのだ。
「何したって――ユキは仕方ないなって受け入れるだろう。タカは呆れつつ笑うだろう。めぐはきっと面白がるだろう。それに宗兄たちだっている」
 これだけ味方がいて、僕は一体何を恐れるっていうんだろう。これだけ味方がいるんだって知っていて、どうして怖いことなんてあるものか。
 僕は決して強くなんてない。一人のままじゃ立ち向かえないし、立ち上がれない。背中を支えてくれる人がいて、味方になってくれる人がいて、初めて僕は何にだって立ち向かえるだけなのだ。一人きりじゃこうもいかない。
「すごくなんてないんだ」
 もう一度繰り返した。よく「すごい」だとか「真似出来ない」だとか言われるけれど、本当はそんなに難しい話じゃない。
「僕の軸が揺らがないのだとすれば――それは、支える人を知ってるからってだけの話だ」
 絶対に裏切らない。信じているよりもっと強く、当たり前の事実として知っている。それだけで、唯一絶対の力になる。強くなんかない僕を、奮い立たせる力になる。だから、と僕は続ける。心から、目の前の三人に向けて。僕のことを強いなんて言う、幼馴染に向けて。
「すごいのは、お前たちの方じゃないか」



 ぼくをつよくするもの は きみ