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Note No.6

小説置場

at home

「 螺旋の果てで君を待つ」

 心底呆れた顔をしたささめは、重苦しい息を吐いてからつぶやいた。「トリ、あんたほんとに頭悪いのね」と。言われた張本人――カトリは、やけに真面目な顔をして答えを返す。
「うん。俺、ほんとに頭悪いんだよね」
「開き直るんじゃないわよ」
 持っていた鉛筆のお尻部分で額を小突いてやると、嘉鳥は舌を出して笑った。つられるようにしてささめも笑ってしまったのは、嘉鳥の持つ空気の所為か、はたまた本人が自己申告した内容を「それもそうだ」と納得してしまっているからか。どっちもだろうな、と思いつつささめは口を開いた。
「まったく仕方ない子なんだから」
 肩をすくめるささめの方が、外見的には「子」と言って差し支えないのだが、彼女が実際に刻んだ年月を知っている嘉鳥は、特に何かを言うでもなく、素直に耳を傾けている。まあ、口答えしようものなら数十倍になって返ってくる、ということを事実として知っているための処世術でもあったのだが。
「だから何度も言ってるけど、あれは正確に言うとタイムマシンじゃないの。時間の行き来をするものじゃなくて、移動装置の発展形なのよ。空間だけでなく、時間も対象に入っているだけの」
「って言われてもさ、だって実際に過去に来てるんだから、タイムマシンじゃん。多視研のやつらもタイムマシンって言ってたし」
「そりゃ、馴染み深い名前の方が一般的に出回るでしょうよ」
 そんなに詳しい違いなんて、大体の人間は把握してないんだから。続けたささめは、「でも」と語気を荒くする。あんたの場合、全然関わり皆無ってわけじゃないんだから、ちゃんと把握しときなさいよ。
「皆無所か、トリ自体がこっちに来ちゃってるんだから」
「まあ、それはそうなんだけど」
 しかし納得がいかない、といった風情の嘉鳥に向けて、ささめは淡々と言葉を尽くす。嘉鳥の頭は確かに悪いが、決して馬鹿ではないのだ。理解出来ることと出来ないことの落差が激しいだけで、理解可能の範疇にさえ入れば、大よそのことはきちんと受け取れるはずだ。この場合、己の言いたいことがどちらに転ぶかだけが問題だが、それはもう賭けに近い。
「あんた、最初に言われたわよね。天秤と分銅の話」
「んー、まあ、一応。釣り合いが取れないと駄目ってのは」
「結局はそれに還元されるんだけどね――要するに、こちらとあちらの物質量は、常に同等じゃないといけないってことよ。過去を100とするなら、未来においても100を用意しなくては、行き来は不可能。まあ、多少の誤差はあるんだけど」
「ああ、だから、人数は逐一監視されてるし、滅多なことじゃ変更は出来ない、なんだっけ?」
「そう。だからトリはまだここにいる」
 にやり、と笑みを深めたささめが告げる。似たような笑みを嘉鳥が返したのは、そもそも自分がこの時代にやって来た理由が手違いだったことも、ややこしい制限があるために代替措置を取る方が後々面倒である、と判断されたために今もここに残っていることも、しかと把握していたからだ。一応報告はしてあるし、幸いにも嘉鳥が代役を務めることが出来る仕事内容であったので、あまり大事にはされていない。今回のケースの主任が、半ば生きた伝説となっている目の前の少女――円木ささめであったことも、その決定には大いに関与しているだろう。時空間移動の術が次第に確立していった黎明期に、数多くの功績を打ち立て、日本の時空間移動の成功例を数多導き出した少女だからこそ。
「誤差はあるから、性別くらいなら何てことはないのよ。でも、大人と子供くらいになるとそろそろ怪しいわね。過去に大人10人を置き、未来に子ども10人を置き、時空間移転装置を開始したら、果たして何人が五体満足でいられるかってことよ」
「怖いよねぇ」
「全然怖がってないじゃないの、あんた」
 面白がった顔で指摘するささめに、嘉鳥は肩をすくめて答えた。一応愛想で相槌くらいは打てるのだ、という意味を込めて。
「だから決してタイムマシンじゃないのよ。あれはただ単純に、時間を超えた交換が可能、という論理なんだもの。幸い、人間という物質は大体同じだから、別々の人間を送ることも可能になっているから、まるで時間を行き来することが出来る、みたいに見えるけどね」
 実際はただの交換で、だからこそ釣り合いが大事なのよ、とささめは言う。自由自在に行き来出来るわけじゃないの。その上、時代は勝手に補正をかけるから、その時代に存在しないものは取り残されてしまう。あんたがこっちの服着て帰ったら、きっと素っ裸だと思うし。
「生き物はそう簡単に変質しないから、一番転移は簡単なのよ。物質は何だかんだで大体引っかかるけど」
「だから全然持ってこられなかったんだよねぇ。本人だけいればいいですから、とか言われたもん」
「全部こっちで用意してあるから問題ないの。実際、困ってないでしょ?」
「まあ、住む所もあるしお金もあるし、食べ物だってあるしねぇ」
 でしょ、と相槌を打ったささめはちらりと視線を投げた。その先がどこかなんて、追いかけなくたって嘉鳥にはわかっている。この時代で生きていくための手筈を整えた、我らがコーディネーター。生活能力皆無の二人のため、生活の面倒を一手に引き受けることになってしまった、哀れな同胞、今回のケースにおける仕事仲間。
「エイトってば料理の腕も完璧なんだもの。助かるわぁ」
 しみじみとした風情で漏らされた言葉に、嘉鳥は大きくうなずく。まったくもってその通り。ただ今キッチンに立つ纏川衛人の料理を、二人は今か今かと待っている。