Note No.6

小説置場

Stand chatting

 一年に一度、あるかないかの対面式全校集会。生徒数が1000人を越える織峰学園では、移動だけでもかなりの時間がかかる。その上、全員がばらばらに集合場所である第二体育館へ向かっては、かかる時間も果てしない。そこで、一学年から順繰りに放送によって指示が出される事態となっていた。
 速やかな移動のため、というわけで廊下での待機が命じられていたが、三学年のほとんどは中々順番がやってこないことを知っているので、それぞれが思い思いに過ごしていた。それでも、二学年の後半クラスがやっと移動した、という段階になって廊下に出てくる面子も増えた。穂積は一応早めの行動を、というわけで廊下には出てきてはいたが、他のクラスメイトたちに整列する気配はない。
 どうせ廊下で騒いでいるなら、さっさと並べばいいものを、と声をかけようとする。それがうるさいと受け取られていることは充分承知していたが、無駄に騒いでいる時間があるなら整列をすればいいのだ。無駄なことはしたくないのが性分である、仕方ない。
「穂積」
 しかし、声をかけるより早く声をかけられた。振り向くと、見知った顔が一つ。ショートヘアの黒髪に、すらりと伸びた手足。俊敏な動きで近寄ってくると、やほ、と手をあげた。
「…楓のクラスは1組でしょ」
「気にしない、気にしない。どうせまだ二年でどん詰まってんだから」
 あ、灰島さんだ! というクラスメイトの女子の声に、楓は満面の笑みで答えてやっている。手まで振っているので、よくやるヤツだ、と思った。
「あんたよく飽きないね」
「飽きるとかそういう問題じゃないからねぇ。愛想よくしとけば、結構楽だし」
 突っ張ってる方が面倒じゃん、とあっさり言ってのける。徒党を組む女子たちが苦手というより面倒なのは、楓も穂積も同じだが対応がこうまで違うといっそ見事だな、と穂積はぼんやり考えていた。
「どうせ、4組までは一緒に移動でしょ。それならどこにいたって変わんないし」
 体育館で合流するから、と言ってからから笑う。どこにいたって変わらないというなら自分のクラスでおとなしくてしておけばいいものを、と思って言おうとしたら、その前に口を開かれた。
「にしても、あんたってほんと話しかけらんないね、マジで便利」
 ここに来た理由をあっさりばらされて、穂積は何と言おうか、と一瞬口ごもった。クラスにいると女子たちに囲まれて面倒で、それから逃げてきたことがありありわかってしまったからだ。その気持ちはわからないでもない。
「だからって、私を盾にしないでくれる? 最近、あんたの所為でビミョウに近づかれている」
「そうなの? ごめん、ごめん」
 ひらひら手を振って謝るが、本気で言っていないことなど一目瞭然だった。穂積は一つため息を吐く。この女には何を言っても無駄だった。別に他人を拒絶しているわけではないし、話し相手がいたらいたなりにいいのに、と思うことはあった。しかし、他人に近づきたいための出汁にされるくらいなら一人の方がよっぽどマシだと、穂積はつくづく思っている。最近、自分で決めたことだとは言っても、不本意ながら関わっている人種に問題があってこの状況を招いているのだ。どうにかしてもらいたい、と思っていたら。
「お、穂積さんと楓おそろいで」
 件の人物の声がしていらっとした。遠巻きにしていたクラスメイトの女子たちのきゃあきゃあという声がして、さらに苛立ちに拍車をかける。
「紫信、あんた校舎あっちじゃなかったっけ? 何でこっちにいんの?」
「ちょーっと野暮用でね」
 野暮用というのは十中八九女絡みだろう。この隙にどこかのクラスまで出張していたのかもしれない。
「何か戻るの面倒だからここにいようかなー。二人もいるし」
「帰れ」
 一刀両断、本心から言ったら紫信が「穂積さん怖いっ」と脅える仕草をした。楓が朗らかに「不気味」と笑って、周囲が一段と騒がしくなった気がした。
 楓も紫信も、女子生徒から多大なる人気を誇っている。どうしてそんなことになっているのか、穂積には理解出来ないし恐らく一生理解出来る日は来ないだろうが、そんなことはどうでもいいのだ。そんな二人と接点を持ってしまったがために、現在含めて非常にうっとうしい思いをする羽目になっている。周囲の女子たちは、二大勢力が一度に会する事態に興奮状態だが、同時に「何で金田さん?」と思っているに違いなかった。
「でも面倒じゃね? 何で移動すんだよ。いつもみたいにモニターでいいじゃーん」
 間延びした口調で言う紫信だが、本気で面倒くさいのは見て取れる。穂積だって同感だし、恐らく誰もがそう思っているだろう。いちいち移動しなくても、各クラスに備え付けられているモニターで朝礼は済んでいるのだ。
「ま、授業潰れるからいいじゃん」
「通り魔事件の所為でしょ」
 あっさり言ってのける楓の言葉に、もう一つの声が重なる。横並びになった三人に声をかけてきたのは、ややたれ目で長い黒髪が頬にかかっている生徒だ。手足が長くて細身であるため、全体的にひょろりと細長い印象を与える。
「…黄じゃん」
「珍しいね、あんたがこっちまで来るなんて」
「金田さんに用だよ。はいこれ黒河さんから」
 二人を無視して穂積に袋を渡す。厚さから考えて書籍であろうと判断され、昨日言っていたものだと理解した。一つ下の彼女は仕事が早い。紫信は無視されたことも気にせず、さっさと去って行こうとする黄を捕まえた。
「真琴ちゃんの頼み聞くなんて、めっずらしー。どしたの?」
「別に? 次が橙子ちゃんだからだ」
 さも当たり前の風情で返された言葉に、三人は黙った。一貫した行動原理を持つこの男は、やっぱり一貫していた。他人のために動く理由など、黄にとっては一つしかなかった。紫信は相変わらずだなぁと思いつつ、掴んでいた手を離さない。
「…今回の集会って、通り魔事件のことなわけ、やっぱり」
「…じゃないの」
 手を離せ、と言っても無駄なのを知っている黄は多少の世間話なら付き合うことにしたらしい。それを見て取り、楓も話に加わる。
「やっぱそうなんだ。ウチのクラスでもそういう話しててさー、めんどいからこっち来たんだけど」
 うっかり変なこと言っちゃいそうだしー、と笑うのは少々特殊な立場にいるからだ。それは楓だけの話ではなく、紫信や黄、穂積にも当てはまるのだけれど。
「まあ、詳しいもんね、俺ら」
 諸事情あって、通り魔事件には首を突っ込んでいる。そのため、被害者や被害状況、発生した場所など、知らなくてもいいことを大量に知っていた。理由を突き詰めていかれると面倒なので、知らないふりをしておくのが得策であろうことくらいは、四人とも理解していた。
「でも、だからって何でいちいち集会すんの?」
「…金田さんに聞いたら」
 説明するのが面倒になったらしい黄は、厄介ごとは穂積に押し付けることにしたらしい。何で私が、と思ったけれどこうなってしまっては口を開かないことを、短い付き合いであるはずなのに嫌というほど知っていた。ついでに、楓が疑問に思ったらくいついて離れない人種だということも、不本意ながら知っていた。
「これだけ近くで頻発してたら、うちの学校だって犠牲者出るかもしれないでしょ。だから注意喚起が一つだけど、生でやっておいた方が真剣っぽいからじゃない。モニターだけなら手軽だけど、危機管理がなってないって叩かれたくないんでしょ。…これでいいわけ、内藤」
「上出来?」
 くすり、と笑って言うので本当にこいつも腹立たしいな、と思った。紫信と楓がなるほど、と手を打っている頭上では三学年の移動を促すアナウンスが始まるようだ。