Note No.6

小説置場

Who on earth is he?

 入学してから一月余り。ついに来た、と橙子は思った。新しい環境にも慣れ始めて、お昼を共にするメンバーもだいぶ固定されてきた。人となりも理解し始めたし、腹を探り合うような期間は緩やかに過ぎて、少々気になっていることを口にできるような、そんな気安い空気が流れ始めていた。だから、意外ではなかったのだけれど。
「あのさー、2組に倉崎くんっているよね?」
 一緒にお弁当を食べているメンバーのうち、長く綺麗な黒い髪を二つに結っている少女――萌絵が言った。橙子はあいまいな笑顔で先を促す。
「橙子ちゃんと、親戚? とか?」
 さりげなさを装ってはいるけれど、ありありと好奇心がにじんでいる。また説明しなくちゃなぁ、と思いながら口を開こうとした橙子だが、それより早く答える声があった。
「従兄弟でしょ」
「そうなの?」
 答えたのは、中学からの同級生である佐和だった。実は中学に入った時も、同じことを佐和に聞かれていた。それを思い出してくすり、と笑うと佐和も気づいたらしく同じような笑みを浮かべていた。
 織峰学園は市内の三つの中学から、生徒が進学してくる。そのため、こうして事情を知らない人に尋ねられるのも当然であると、橙子は最初からあきらめている。まあ確かに、異性の従兄弟同士にしては、自分たちは仲がいい自覚もある。
「お母さんのお兄ちゃんの子どもだよ。でも、ずっと一緒に住んでるから、従兄弟っていうより兄弟みたいな感じだけど」
 なるべくさりげなさを装ってはみたけれど、萌絵はえっ、と目を大きく見開いた。橙子は内心で、ああ…とため息を吐く。どこに反応しているのか痛いほどに分かる。
「一緒に住んでるの?」
「うん。…あ、でも今年からは家出たけど」
 しかし、母親が遅い時や出張時は相変わらず青葉の家に出入りしているので、正直あまり変化はない。
「…うわー、何か憧れるー。幼馴染みたいな!」
 幼馴染というより、そのまま兄弟感覚なのだけれど、どうやら友人としては従兄弟ならギリギリOKらしい。いろんな意味で。中学の時から、いろいろ言われていたので橙子は大体この後の話の流れを理解していた。
「…ずっと一緒って、こう…ときめいたりしないの?」
「しないねぇ」
 嘘でも冗談でもなく本当にない。よくある幼馴染同士の恋、というものに友人たちが憧れているのも理解できるし、従兄弟なら法的にも結婚できるから対象としてもアリ、なのかもしれない。しかし、それを自分に求められても困る。
「だって、従兄弟って言っても本当に兄弟みたいなんだよ。一応、戸籍上は従兄弟だけど…」
 幸か不幸か、橙子と青葉は誕生日も非常に近い。互いの親同士も仲がいいから同じ病院にかかっていたというし、生まれた時から一緒というより生まれる前から一緒だった。それくらいなら、幼馴染の恋に発展しようもあるかもしれないが、しかし。
 二人は文字通り、ずっと一緒に過ごしていたのだ。お互いがオネショをしていた年齢も知っているし、迷子になって大泣きしていたことも、年上にいじめられて泥だらけで帰ってきたことも、友達連中とくだらない約束をして橋から飛び降りて大怪我したことも、馬鹿じゃないかと思うことの数々を知っていた。そりゃあ、頼りになる面も知っているし案外格好いい場面も知っているのだけれど、それをはるかに上回るくらい駄目な所とどうしようもない所を知っていた。
「ときめくことはないねぇ」
 青葉もそうであることは知っていた。青葉もやはり、家に同じ年の異性がいるということで、いろいろ聞かれるらしい。男の子の方がもっと直接的らしく、だって一緒にパンツ干してあるんだぞ! と力説されるらしい。しかし、二人とも断言してよかった。恋愛対象になることなどあり得ない。
「ずっと一緒に生活してるお兄ちゃんとか弟とかにときめくかって言われたら、難しくない? そういう感じ」
 もしも、ある程度生活を隔てていたら違っていたかもしれない。だけれど。二人は本当に、ずっと一緒に過ごしていた。17年間寝食を共にしていた相手なぞ、たとえ裸を見てもときめかないだろう。風呂上がりの半裸を見ても「貧相だな…」くらいしか思わない。
「え、じゃあ、もしも私が紹介してって言ったらしてくれんの?」
「青葉でよければ」
 本心で言った。萌絵は面白そうに笑い、佐和が「わたしも同じこと聞いたなぁ」としみじみつぶやいた。