Note No.6

小説置場

Invitation to lunch

 冬季休みを前にした集中講義が一段落して、亮人は息を吐く。これから昼休憩を挟んだら再び教室に押し込められて、怒涛のような授業が始まるわけだが、ひとまず今からは休むことが出来る。普段の昼休みの倍近くという時間が設けられていることは有難かった。もっともそれは、今までの休み時間がほぼないに等しいからという、帳尻合わせの結果なのだけれど。
「桃原、昼どうする?」
 クラスメイトに声をかけられて、顔を上げた。俺は学食行くけど、お前はどうするんだ、と続いた。
「ああ…俺は弁当があるからいいよ」
「ふーん、ならいいけど。じゃあな」
 取り立ててしつこく誘うこともせず、席から離れていった。亮人とて学食を利用したことはあるが、大体において弁当持参の身の上である。忙しい両親の代わりに家事をやってくれている家政婦のおばさんが、常に気合を入れて作ってくれているのだ。学食へ行きたいからそれを要らないと突っ返すのも気が引けるし、わざわざそんなことをする理由もない。そのため、亮人は昼食のほとんどを教室で済ませている。
 いつも一緒に昼を共にするメンバーがいる訳ではない。その場の雰囲気や状況によって、クラスメイトの誰かと食べたり一人で食べたりしているのだ。辺りを見回して、学食へ行くメンバーが多いことに気づいた。女子は弁当組も多数存在しているが、男子の数は多くない。一人で食べる方が早そうだな、と結論づけた亮人は、自分の鞄から弁当と水筒を取り出した。ああその前に、手を洗って来るか――と思った時だ。
「も、桃原!」
 上ずった声で名前を呼ばれた。振り向けば、先ほど亮人に昼をどうするか、と尋ねたクラスメイトが立っていた。
「どうした?」
 何か用事でもあったのだろうか、と声をかけるとクラスメイトはぱくぱくと口を開閉している。喘ぐように呼吸をしてから、「廊下に」と続ける。亮人はハテナマークを撒き散らしながら、目の前のクラスメイトを見ている。あわあわと焦るように、廊下を示す指先を上下に振りながら叫ぶ。
「廊下に、黒河さんがいる!」
「…うん」
 同じ学年の有名人、黒河真琴のことであろうとはすぐにわかった。楚々としてしとやかな、絵に描いたような美人のことを知らない人間などいるはずがない。しかし、そりゃあ同じ学校で学年も一緒なんだから廊下だって歩くだろう、という気持ちでクラスメイトを見ていた。
 そんな亮人の考えを見透かしたらしく、クラスメイトは「ちげーよ!」と叫んだ。「いくら俺でも廊下を歩いてるってだけでここまで叫ばねーよ!」と続くので一応「そうだよな、悪い」と返しておく。クラスメイトは痺れを切らしたような顔で、再び吠える。
「黒河さんが、廊下でお前を待ってるんだよ!」
「えっ」
 短く驚きの声を上げた亮人に、クラスメイトはそら見たことか、という表情を浮かべる。あの黒河さん直々にご指名されるなど、驚くなって方が無理だよな、と考えているのだが、亮人の驚きは別物だった。
「そうか、ありがとう。…待たせたかな」
 真琴が呼びに来た、ということが驚きではあったが、それは「あの黒河真琴だから」ではなかった。中々伝達が伝わらなかったために待たせてしまったんじゃないか、という危惧である。
 小さくざわめくクラス内を歩き、廊下まで出て行くと真琴がゆったりとした様子で「桃原くん、時間は大丈夫?」と尋ねる。亮人は至って普通の顔で「問題ないよ」と答えた。真琴があでやかに笑う。
「そう、よかったわ。実は、お昼を一緒にどうかと思って誘いに来たんだけど」
「ああ、俺は別に平気だけど」
 教室内で耳をそばだてていたクラスメイトたちは無言で驚愕する。え、桃原くんと黒河さんって付き合ってるの!? という驚きだ。声にならない声を聞き届けたように、真琴はそっと言葉を続ける。
「青葉くんとか、橙子ちゃんたちも一緒に」
 亮人としては当たり前の話だったので、うなずいておくだけに留める。あ、何だ二人きりじゃないのか、という空気が流れたのは教室内である。
「それじゃあちょっと弁当持ってくる。ごめん、ちょっと待ってて」
「あまり慌てなくても平気よ」
 かけられた声にうなずいてから、亮人は慌てて教室へ戻った。弁当と水筒を掴んで再び教室を出て行こうとした所で、声が飛ぶ。真琴が来ていると告げたクラスメイトだ。
「桃原お前…黒河さんと知り合いなわけ?」
 特に目立たないこのクラスメイトが、あの黒河さんとどういう知り合いなんだ? という気持ちを前面に押し出している顔だった。お前なんかが、といった蔑みではなく、ただ単純に疑問らしい。まあ確かにつながりなんてほとんどないしな、と考えながら亮人は口を開いた。
「知り合いっていうか、友達」
 じゃなきゃ一緒に食事はしないだろう。確かにつながりは不明だけれど、一緒に過ごした時間は長いし、あちらもそう思ってくれていると自然に思えた。クラスメイトは目の前で花火でも打ち上げられたような顔をしていたけれど、数十秒してからにやり、と笑った。
「まー、そうだよな」
 友達だから一緒にメシ食うんだよなー、とのんびり続けられてうなずく。不思議で仕方ないけれど納得出来ないわけじゃない、という顔でひらひらと手を振った。どうやら送り出してくれているらしい、と察した亮人は「じゃあ」と答えて、廊下で待っている真琴の下へ向かった。