読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

ひかりふる

(君に伸ばした手が)

 

 

 空が暗い。森の木々に阻まれて、空は欠片しか見えない。星の一つも探せなかった。一体今何時なんだろう。夜明けまでどれくらいかかるだろう。
 腹部に置いていた左手を、目の高さまで持ち上げる。ハッキリとは見えないが、小刻みに震えていることと、粘り気のある液体が付着していることはわかる。色までは判別出来ないが、鉄の匂いからしてもそれが何なのかは間違いようがない。暗闇が濃くなるにつれ、視力はその機能を果たさなくなっていた。
 もっとも、と心中でごちる。見えないのは、暗闇の所為ばかりではないけれど。
 ぱたり、と手が下がる。重力に逆らうことも難しくなっていることを自覚して、自嘲の笑みが口元に浮かんだ。手をあげる、そんな動作さえももはや負担になるらしい。このままでは、幹に寄りかかっていることも難しくなるかもしれない。
 目を閉じる。きかない目ならあってもなくても同じことだ。開いていても閉じていても、もう暗闇しか見えないなら。
 まぶたの裏に、一つの光景を描く。いってらっしゃい、と言われたのに、ただいまと言うことは出来ないかもしれない。ただいま、と一言だけでも言えたらよかった。出来ることならあの場所へ、もう一度帰りたかった。まぶたの裏の君に謝ったら、泣くより怒っていて少しほっとした。泣かせたくはなかったから。
 右手をゆるく握った。血のついた左手とは違い、こちらはキレイなままだけれど、この手でしてきたことを知っている。もう忘れることなど出来ないほど、何度この手で命を奪ったか。自身の血と殺めた命で、この両手はもうこんなに汚れてしまった。この道を進むと決めたときからそんな覚悟はしていたから、本当は、この両目は、とっくの昔から暗闇しか見えていなかったのかもしれない。
 それでもね、と無意識の内に笑んでいる。
 共に歩み、笑って、遊んで、たまに勉強して、泣いて、ケンカして、笑って、ずっと一緒にいた日々を知っている。忘れることなどできなかった。細胞の一つ一つにしみこんでいる。だから知っていたんだよ、と思った。
 うっすらと目を開ける。ぼんやりとした視界は何も映さず、ただかすんでいる。それでも手を伸ばした。暗闇を見続けたこの両目で、汚れきった手を、伸ばされた指先を見ている。
 闇に生きると決めた。けれどそれでもこうして命を繋いできた。それはあの日々が、何度も何度も教えていたからだ。たとえ世界中が暗闇に囲まれても、たとえどんなに色濃い闇に包まれようとも。ひかりは、ふるのだと。
 ゆっくりとてをのばす。まぶたのうらのきみに、あのひのえがおに、ともにすごしたひびに。

 


(君に伸ばした手が)

(ひかりの中で触れた気がしたんだ)