Note No.6

小説置場

オリオンの使者

 草の間に座り込み、膝を抱えている。遠くで車が通り過ぎていって、ヘッドライトが暗闇を切り裂いて移動する。眩しい光に目がくらみ、そんなに近い場所ではないのにこんな風に射すくめられるとは、光速って伊達じゃないな、とぼんやりと考えていた。

 空を見上げて、夜空に散る星を見つめる。何億光年彼方から、地球まで光は届く。そりゃ、500メートルくらい先の車のライトくらい簡単に届くだろう。
 膝を抱えたままで空を見続けていると首が痛くなったので、視線を前方へ向けた。黒々として横たわる川は死んだように静かだと思っていたけど、街灯の明かりを受けてきらきらしていた。さらに、時々魚が跳ねてぱしゃんと水音を立てている。自分の周りにある草に目を向ければ、見えないけれど虫の声が聞こえている。一種類ではない、多様な虫がそれこそ大合唱中だった。しかも、耳を済ませるとどこからか鳥の声まで聞こえた。地味に音源が移動しているので、どうやら飛んでいるらしい。夜目がきかないはずのくせに、鳥って夜でも飛ぶんだな、と思った。
 一つ息を吐き、また空を見上げた。こんな時間に外へ出ることはなかったから新鮮で、普段だったら眠っている時刻だ。だから何となく漠然と、周りも眠っているんだと思っていた。世界はみんな眠りについて、静寂の夜を迎えているのだと思っていた。ここは繁華街に近いわけでもない普通の住宅街だし、夜中まで遊び歩く場所もない。だからたむろしている若者や、夜明けまでくだを巻くサラリーマンもいない。土手はきっと静かに、落ち着いた暗闇を宿しているのだろうと思っていた。
 それが今やどうだろう。実際に、土手に座り込んで膝を抱えてみればわかる。前後左右から聞こえる虫の声、前方の川面で跳ねる魚の音、何でこんな時間に飛んでいるのか理解出来ない鳥、橋の上を通る車。諸々の音はいつまで経っても止むことなく、それどころか段々うるさくなってきているような気がした。
 夜が静かだって、それって単に住宅地だけの話なんじゃないの、とぼんやり考えていた。ここはこんなに暗くて、大きな木に遮られて街灯の光は届かない。下手をすると目を開いていても閉じていても変わらない暗闇が満ちている。確かにここは暗くて、細かいものはよく見えない。それは正しいけれど、その分音がはっきりと聞こえている。
 暗いのなら静かだなんて、一体どうして思っていたんだろう? 抱えた膝に顎を乗せながら、思わず笑みが口元に浮かんでいた。夜は静かだと信じていた。みんなが眠る時間だから、静かであるべきだと思っていた。だけどそういうわけじゃない。
 空を見上げた。三つの星に二つの星、オリオン座を見つめる。今夜見られるという流星群を見ようとじっと目を凝らしていると、星の光が揺れているような気がしてきた。あれは宇宙に浮かぶ惑星で、つまりは結局石だか岩だか土の塊なのだろう。だけれど今ここから見ると、あの光はゆらゆらと波打つようで、こぼれてしまいそうじゃないか? 星は固くて遠くで光を発し続けて、手を伸ばしても届かないくらい遠くにあって。きらきらと光るのは酸素があるからで、別に宇宙であんな風に輝いているわけじゃないという。
 ねえだけどオリオン、あの光はあんなにきらりとして揺れていて、手を伸ばしたら滴ってくるような気がするよ。ねえ、オリオン。今だったらあの星も、この手でつかめそうな気がする。