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Note No.6

小説置場

つなぐ

短編・SS

 駅前のコーヒーチェーン店に入って、ココアを頼んだ。相変わらずコーヒーは苦くて飲めない。大人になったらきっとコーヒーなんて簡単に飲めると思っていたのに、そんなことはなかった。未だに好きなのはオレンジジュースとかココアで、要するに甘いものだ。苦いものは変わらず「不味い」という認識しかない。おかげでビールも未だにおいしいと思ったことがなかった。
 手持ち無沙汰だったので適当に手帳を取り出して、携帯を開いた。着信なし、来ていたメールはどこで登録したか覚えのないメルマガのみ。我ながら何か貧しいなぁ、と思った。ココアをすすると、さっき頼んだばかりのはずなのに温い気がした。
 一つ息を吐き、ぱらぱらと手帳をめくる。予定なんてほとんどなくて、あるのはせいぜいバイトのシフトの時間だけだ。もはやこの手帳の意義はシフトを確認するためだけのものだとしか思えない。というか実際それくらいしか使ってない。特別重要な仕事があるわけでもなければ、ややこしくなるほど予定が立て込んでいるわけでもないのだ。高い手帳買わなくて良かったなーと思うけど、それはつまり今のこの状況を薄々察知していたからだろう。
 ココアを飲みながらさてどうしよう、と思った。時間つぶしのために入ったのだから、時間までここでぐだぐだするつもりだけれど、一体どうやって暇をつぶしたらいいものか。昔から私は、時間のつぶし方が下手だった。何をしようかと考えて、結局考えるだけで時間が終わってしまうとかそういうことばっかりだ。大人になったらもっとスマートに、暇な時間を有効利用していると思ったんだけどなぁ。
 それ所か、大人になったらばりばりのキャリアウーマン――とは行かなくとも、それなりにちゃんとした会社でそれなりに働いていると思ったんだけれど。現実はしがないただのフリーターだったりするわけで、まあ理想なんてなかなか実現されないものなのだ。
「……」
 なんてことを思ってみたけれど、本当は知っていた。なりたい大人にはなれなかったのは、つまり私がなりたいものになろうとしなかったからだなんてこと、ちゃんと知っていた。過去の自分のどこを取ってみても、思い描いた大人になるための何かなんて欠片もしてこなかった。一足飛びに理想の大人になんてなれるわけなくて、それなりの大人になりたければソレナリのことをしなくちゃいけない。思い描いた大人になるため、何かをしたわけでもない私が今こうしてこんなことになっているのは、ものすごく当たり前の話なのだ。コーヒーだって飲めないし、オレンジジュースとココアの好きな子ども味覚のままなのも、まあそのままでもいいですよね、て思ってきた結果なのだし。
 ぼうっと視線を店内に飛ばした。おばさま方がいたり、背広姿のおじさんがいたり、女子高生がいたりしていろいろな人たちが思い思いに時間を過ごしている。ここでこうして座っているあの人たちは、今につながる何かがあって今のあの人たちになっている。私だってその通りだ。誰だって例外なんかなくて、昨日は今日に、今日は明日へつながっている。
「……」
 自分の手元に視線を落とす。予定のない薄っぺらの手帳、連絡のない携帯電話。過去の自分のいろんなことがつながって、今日のここになって、そうして明日の何かになっていく。それはとても真っ当で、ある意味とても残酷なことだと、思う。
 携帯電話には小学校時代からの友達のアドレスが入っているし、今も恐らく大体連絡が取れる。予定はないけど入れようと思えば誰かと会うくらいは出来るだろう。だけれど私はそれを選ばない。
(だって、明日なんて要らないんだもん)
 いつだって、未来なんて来なければいいと思っていた。理想の大人って言ってもそれは単に「こうだったらいいなぁ」程度のもので、理想っていうか夢より不確かなものなのだ。そんなあやふやで曖昧なものに向かっていけるほど私にバイタリティはなかった。何より未来になんて向かいたくなかった。
 店の扉が開く音がして、目を向ける。男子高校生が4、5人固まって入ってきて珍しいな、と思った。どっちかっていうとファーストフードって感じだけど。誰かコーヒー好きでもいるのかもしれない。彼らは騒がしくない程度に、口々に会話を交わしながら弾けるような笑みを乗せている。楽しそうだったし、自分の高校時代を思い出す。何でもないことで笑いあって、くだらない話ばっかりしていた。あの日々は満ち溢れるように、笑ってばかりいたように思う。輝かしくてくすぐったい記憶たち。それでも、と私は思う。
 それでもあの頃に戻りたいなんて微塵も思わなかった。楽しいことも嬉しいこともたくさんあったと知っているけれど、決して戻りたくなんてない。それは恐らく、あの日々もいずれは今日につながると知っているからだ。
 過去の日々は今日に続いて、そうして未来へつながっていく。毎日は続く。明確な区切りなど存在せず、日々は無理やり続いていく。瞬く間に、今日は昨日になってしまって明日は今日になっていく。私の毎日は、勝手につないでいってしまう。
 頼んでないよ、と思う。続いてくれなんて言っていないし、つながらなくてよかったのに。それでも止まることも途絶えることも許されず、私は続いていくしかなかった。勝手に今日は明日に接続される。止まっちゃえばいいのに。
 学ラン姿の高校生たちが、隣の席に座る。大きな口を開けて、頬を少しだけ紅潮させて笑いあっている。それを眺めながら思った。勝手につながっていく今日であるなら、どうか、私ではない誰かの明日につながっていてほしい。残酷に続いていく毎日が、誰かの未来につながればいい。そうしたら、私の今日はいつかなくなってくれるかもしれない。そんな風に思えたら無理やり続くこの日々を、少しだけでも進める気がするのに。