Note No.6

小説置場

 いつか僕は死んでしまうだろう。

 酷く綺麗な顔で、あなたは笑った。きらきら、と降り注ぐ光が全部あなたに集まっているみたいだった。だから私はまぶしくて、目を眇めてあなたを見ていた。そうしたら、あなたはやはり笑って、おっとりとした声で「まぶしいの?」と問いかける。
 私は言葉を失って、こくりとうなずくことしか出来ない。
「そう」
 吐息のような声がそう言ったかと思うと、そっと手を伸ばす。私はただじっとあなたを見つめたまま、その手を受け入れた。
 つい、と頬を撫でる。細くて長い、しっかりとした指。骨ばっていて少し固くて、握りしめるとゴツゴツしている。頬を辿ると、やわらかく笑みを浮かべたようだった。唇の端にそっと、小さく。思わず触れる指先に擦り寄りたくなる。その指にもっと触ってほしいと思う。
 無意識の内に、指に頬を押し付ける。もっと動いて、もっと触って。あなたは大きな目をもっと丸くした。すぐに、誰もいないことを確認するみたいに視線を彷徨わせた。ああ、そんな風に奥手な所も好きだけれど。あなたは数十秒、たっぷり迷ってから少し力を込めた。触れるだけだった指先に、意志が混じる。ゆるゆるとした速度は変わらないけれど、さっきまでの漫然としたものとは違う。力の強さが、込められるものが心地いい。明確な愛撫に、思わず笑みが浮かんだ。きもちいい。唇だけでそう告げると、あなたは眦を赤く染める。
 もっと見ていたい、と思ったのに。あなたはもう片方の手を伸ばすと、私の両目を覆ってしまう。
「みえない」
「見なくていいよ」
 戸惑うような、揺れる声。あなたはぶつぶつと唇の中で言葉を転がす。何でも「見せられない」「恥ずかしい」顔をしているらしい。そういう顔が見たいのに。
 だけどあなたは、頬に触れた手を離さなかった。ゆっくりと、包み込むようにして頬に手のひらを添える。大きな手に、すっぽりと包まれる。ねえ、とあなたは私の名前を呼んだ。
「……逃げてもいいよ」
 両目を覆われた私に、あなたの顔は見えない。それでも、あなたがどんな顔をしているのか、私にはわかるような気がした。真摯な、それでいて悲しい顔をしている。置いていかれることに慣れてしまったあなたは、当たり前のように置いていくことを受けとめている。
「ばかなひとね」
 心からそう言った。たじろいだ気配がして、思わず笑ってしまった。
 何も見えやしないけど、見えないからこそ余計に、あなたの心が手に取るようにわかってしまうのに。あなたはそれにも気づかないんだから。
「捨てるときのことなんて、考えなくていいのに」
 失うことを、あなたは誰より知っている。その身に感じて、強く刻んで生きてきた。あなたの生きる場所は、生と死の境界が曖昧で、いとも容易く人は死んでいく。だからきっと、あなたは覚悟していたはずだった。
「……わたしの覚悟まで、背負わなくていいの」
 かすかに指先が震えたようだ。
 置いていかれることを、置いていくことを、きっとあなたは覚悟していた。だけど今、あなたは。それを私に告げることを、ためらっている。自分の分の覚悟はした。だけれど、自分ではない誰かにそれを課すことにおののいているというのなら。――私は喜びに打ち震えるしかない。
「僕は、置いていくよ」
 強く吐き出された言葉が鼓膜を打つ。あなたはどんな顔をしているだろう。きっと、私の想像よりもっとずっと洗練されて、美しい顔をしているはずなのに。それが見えないのは悔しい。
「君を一人にするだろう。永遠は誓えない」
 あなたは黙り込む。次の言葉を探しているから、私はただじっと待っている。置いていかれることなんて知っている。永遠なんかないって、わかっている。だけれど今の私が望むのは、そういうことじゃない。置いていかれるとしたって。永遠なんかなくたって。
「僕は君より、先に死ぬ」
 宣誓のようにはっきりと告げられる。そうね、知りたくなかったけれど、きっとそうだと思う。そして私には、それを止める術もない。行かないで、とか、傍にいて、とかそういうことさえ言うことも出来ない。
「だけどね」
 つぶやくと、そっと手のひらが離れた。視界が戻る。
 あなたの顔が目の前にあった。もう片方の手はそのままで、頬に添えられている。私は口を開こうとしたのだけれど、あなたの言葉に遮られる。
「いつか、僕は死んでしまうけど」
 両手で頬を包み込まれる。そっと顔が近づいてきて、あなたの吐息がふりかかる。鼻の頭を摺り寄せる。胸が詰まるようなあなたの匂い。
「君を泣かせて、苦しませて、不幸にするけど」
 黒い目が私を見ている。煌くような、潤んだ瞳が目の前にある。星空を散りばめた夜空のようだ。あなたは凛と、声を紡ぐ。

「それでも僕と、生きてください」