Note No.6

小説置場

君と始めるワールドエンド

 ゆっくりと土手を歩いている。
 いつだったか、流星群が来るとかで夜中に抜け出した時、人気はほとんどなかったはずだけれど。同じくらいの時間帯にも関わらず、僕の視界にはちらほらと人の姿が映っている。一体どういう風の吹き回しか、なんて大体予想はつく。
「置いて行かないでよ」
 後ろからの声に振り向けば、小走りに近づいてくる君の姿。ぼんやり歩いていていたら、いつの間にか置いていってしまったらしい。よくやって怒られたっけ。
「今度置いて行ったら本気で怒るからね」
「うん。もう絶対置いて行かない」
 言って手を差し出した。君は数秒躊躇ったけど、「こうしておけば離れないだろ?」と告げればぎゅっと手を握った。強く、何か大事なものを落とさないでいようとするみたいに、強い力で。
「結構人がいるね」
 土手を歩きながら、周囲へ視線をやった君は言う。僕はうなずいてから、見解を述べる。
「一生に一度ってやつだからね。心残りにならないようにってことだと思う」
 後になってやっておけばよかった、て思うのは御免だろう? と尋ねるのは、思い当たる節があるってことを知っているからだ。この前流星群を見に行こう、と誘ったけど「私はいい」と断ったのは君で、「夜に星を見たことなんてなかったなぁ」と残念がっていたのも君だからだ。
「まあ、僕も結局流星群は見れなかったんだけどね」
 だから僕のリベンジでもあるのかもしれない。君は何だかとても楽しそうに笑って、「それじゃあ私と一緒だ」と告げた。
「私も流星群なんか一回も見たことないし」
「僕もなんだ。何だかんだでいつも都合が悪くて見逃してばっかりだ」
 だから、僕と君の初めて目撃する流星群が今回ということになる。君は、目じりの端を赤く染めて、握った手に力を込めた。僕も同じように握り返す。土手の上を歩きながら、夜の土手を、買い物帰りみたいな気軽さで歩きながら、同じ空気で告げる。
「最初で最後の流星群だ」
 僕たちが見る最初で最後の流星群であり、最期の風景でもあった。君はぎゅっと唇を結んでうなずく。その目が少し潤んでいるのは、何もかもを知っているからだ。
 今夜未明、地球には無数の隕石が降るのだと言う。何だか色々と対策はしたようだけれど、どれも失敗に終わった。その発表があってから次第に世界は均衡を崩し、あらゆる所で暴動が起こった。社会は機能不全に陥り、暴力と略奪に怯える日々が始まった。だけどそれも、今日までだ。
 家の中で身を潜めるようにして生きてきた人たちも、こうして外へ出てきている。僕たちも久しぶりに夜の空気を吸って、こうして散歩をしている。最期の夜だと知っていたから。
「置いて行かないよ」
 だから安心していいよ、と告げる。最期まで、こうして手をつないでいよう。ずっと君の隣にいよう。それだけは、今日までずっと守ってきた。だから今日から先だって守っていけるだろう。
 君はこくり、とうなずいた。ああ、君が笑ってくれてよかったな。君がそうしていてくれるなら、僕の世界はいつだって平和だったんだ。
「それじゃあ、この辺りでいいかな」
 適当な位置に場所を定めて、僕は君と空を見上げる。地球に幕を下ろすための流星群が降るまで、あと少し。さあ君と、世界の終わりを始めよう。

 


君と始めるワールドエンド

 


 窓から外の景色を眺めていた。ゆっくりと動いていく車の列、舗道を歩く人たち。いたって平凡な、何てことのない日曜日の昼下がり。明日も明後日も、きっとこの風景は変わらない。僕の心情などお構いなしで、規則正しく世界は回る。
 僕の視線に気づいたのか、君は窓際まで近づいてくる。恐らく、そんなにじっと何を見ているのか、視線を辿ろうとしたんだろう。
「大したものじゃないよ」
 取り立てて何かを見ていたわけじゃないから、そう言った。何かとても価値のあるものを見ていたと思われても困るのだ。君は僕の言葉に肩をすくめて、「平凡な景色だな」と答えた。
「いたっていつも通り。正しくありきたりな、どこでもある風景」
 だが、と君は言う。悪戯っぽく唇を引き上げて、「お前には価値のある風景だ」と続ける。僕はやれやれ、と首を振った。
「価値なんてないさ。こんな、ありきたりで平凡な、何てことのない景色」
 だって実際そうじゃないか。一つだって特別なことのない、本当によくある光景だ。町を歩けばすぐに出くわす。価値を認めたり、有難がったりする理由がない。しかし、君は僕と同じようにやれやれ、と首を振った。
「だからだろう。どこにでもあって平凡な毎日を手放すと決めたからこそ」
 わずかに片眉を上げて、違うか? と視線で問うてくる。僕はただ黙っていたけど、それが何よりも雄弁な答えだとわからない君ではない。君はくしゃり、と顔を歪めて笑った。皮肉や悪戯っ気のない、どこか泣き出しそうにさえ見える笑顔。
「今ならまだ後戻り出来る」
 だからお前だけでも引き返せ、という言外の言葉は無視して答えた。首を振って、「もう決めた」と告げる。君はただ静かにうなずくから、明るい声で続けた。
「僕一人だけじゃない。君も一緒だ、怖くはない」
 だってそうだろう。これから僕たちは世界中に喧嘩を売る。一世一代の大仕事にて大博打、今までの安穏とした世界は終わりを告げる。だけど幸い、僕は一人ではなかった。
 たった一人で、今までの世界に別れを告げるわけではない。僕の世界の終焉は、一人で迎えるのではなかった。それなら。
「君と一緒に世界の終わりを始めるのも、悪くないよ」

 

Title:「夜風にまたがるニルバーナ」