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Note No.6

小説置場

故に未だ手を伸ばす

 制止の声を振り切って外に飛び出した。もう何もかもが終わりで、追いかけたって意味がない、と誰もが言う。今さら決意を変えることなんて出来やしないし、大体喧嘩別れした僕の言葉なんて聞くはずがない。
 それは確かにそうだろう。僕の言葉を素直に聞くような人間だったら、きっと喧嘩別れなんてしていない。意固地で一直線で、意志が強い。それが壱岐というヤツだった。だから、走って行った所で意味なんかない。追いかけたって結果は何も変わらない。
 だけどそれが一体何だって言うんだ。
 壱岐の家から駅までなら、恐らくバスで行ったはず。この時間ならバスは渋滞に巻き込まれているから、まだ追い付ける余地がある。走りながら、頭の中に地図を広げた。駅までの直線距離の最短ルートに、信号のない区画を重ね合わせて、最も早く辿り着けるルートを弾き出す。
 この辺りの地理なら全部頭に入っているのだ。壱岐はよく「訳がわからない趣味ね」なんて言って、僕の散歩に不可思議そうな顔でついてきた。覚えているんだよ、全部。
 風に乗って流れていく黒い髪も、凛と伸ばした背筋も、道端の花に目を留める横顔も。きっと壱岐は「くだらない」とか言うけど。
 右に左に走り抜けながら駅を目指す。信号に引っかからない道だから、一歩も立ち止まることはない。苦しい。心臓が嘘みたいに鳴っている。苦しくて立ち止まりたい。もういいやって投げ出して歩きたい。だけど駄目だ。
 壱岐の顔を思い浮かべた。結果が変わらないなんてことを知っていて、どうしてそんなことをするのか、と言うだろう。馬鹿じゃないのか、と言うだろう。何の成果も出せないことを真剣に行うなんてくだらないわ、なんて言う。違う、と首を振った。違う、そうじゃない。
 くだらなくなんてないんだよ、壱岐
 だってこの胸にある全てが真実だ。例え壱岐の決心が変わらなくたって、何一つ結果なんて出なくたって。それでも、ただ僕が追いかけたいと思う気持ちが、このまま黙って行かせたくないって叫ぶ心が、この上もない真実だ。
 だから何度だって追いかける。意味なんかなくたって、成果なんかなくたって。僕がそうしたいと思うのならば、何度だって君の所まで駆けていくよ。

 

Title:「夜風にまたがるニルバーナ」