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Note No.6

小説置場

クレヨン

長編―登場人物

 懐かしい、と声をあげたのはこもちゃんだった。私とこなみは、こもちゃんの手元をのぞきこむ。するとそこにあったのは、薄汚れた四角い箱。一体なんだろう、と思ったらこなみが嬉しそうに言った。
「あ。もしかして、クレヨン?」
「そうそう」
 言われてもう一度見直すと、確かにクレヨンの箱のような気がした。そういえばこなみは、無地の箱にクレヨン入れてたっけ……。
「……というか、よく持ってるね。私どこ行ったかわかんないよ」
「あはは、私もー」
 しみじみ言ったらこもちゃんもうなずいたので、一緒に笑いあってみる。こなみは、困ったような顔で「図工でまだ使うかもしれないから」と答えた。まあ、大体絵の具だからクレヨンなんて最近全然使わないけど、使っちゃいけないわけじゃない。場合によってはクレヨンの方がいい、と思う時もあるんだろう。私とこもちゃんは、クレヨンを探すよりもクレヨンを使わなくていい作品を仕上げることに全力になるタイプだけど。
 こもちゃんがふたを取ると、中から出てきたのは随分使い込まれたクレヨンだった。ほとんどの色が小さくなっていて、クレヨンを包む紙がなくなっているものも結構ある。
「……好きな色ばっかり使っちゃうよねー」
 懐かしそうな目をしてクレヨンを見ていたこもちゃんが、しみじみ言う。私も大いにうなずいた。
「私赤ばっか使ってた!」
「あ、私オレンジ」
「私は黄緑かな」
 言ってみたら、こもちゃんとこなみも答えてくれる。確かに、こなみの言う通り箱のクレヨンは黄緑が一番小さいみたいだ。
「それじゃあしまうね。ずっと見てても仕方ないでしょう」
 こなみがのんびりと声をかけて、こもちゃんに手を差し出した。昔から入り浸ってたから、勝手知ったるってヤツで適当にその辺のもの取り出してるけど、一応こなみの部屋だし。さっさとしまおうって思ってるんだろう。しかし、こもちゃんはにやりと笑って、首を振る。
「いやいや。このクレヨンは二人が来るまで出しておこう」
 二人、というのはここにいないみーさと風のこと。遅れるって言ってたからまだ来てないけど、こなみの家までそんなに遠いわけじゃないし、すぐ来るだろう。こなみはこもちゃんの言葉に、不思議な表情を浮かべる。困ったような、照れるような、そういう顔だ。え、何それどういう意味。
「……いなっち、わかってないねぇ」
 ハテナを飛ばしていたら、こもちゃんに言われた。にやにやと、それはもう楽しげな顔だ。え、何だ、このクレヨンって実はすごい伝説のクレヨンだったりするのか。これで描くとどんな絵でも上手く見えるとか…そんなわけない。
「えー……このクレヨン……」
 普通のクレヨンだけどなぁ。まあ、無地の箱入りっていうのは珍しいかもしれないけど……と思った所で、かちりと閃くものがあった。そういえば、これを目ざとく見つけたヤツが「変なの」とか「鈴笹のクレヨンおかしい」とか言ってた…ような…。
「あ」
 思い出した。頭の中に映し出されるのは、小学校3年生くらいだろうか。図工の時間に絵を描いていて、こなみがクレヨンの箱を取り出した時だ。クラスメイトの男子が、みんなのものとは違うそれに気づいてはやし立て始めた。
 こなみは大人しいから反論もしないし、格好のターゲットだったんだろう。貧乏だからクレヨン買えないんだとか、お店のこととかを何だか口うるさく言っていた。もちろん、こもちゃんと私は男子に食ってかかったけど、中々口が達者なヤツだった。名前覚えてないけど頭はよかったのかもしれない。何だかことごとく言い返されて、言葉に詰まっていた時だった。
「みーさ格好よかったよねー」
 見かねたのか、それとも腹に据えかねていたのか(みーさのことだから有り得る)、男子の言葉を一刀両断に切り捨てたのだ。もっとも私たちは、みーさの言っていることの意味が百分の一もわからなかったので、ただ何となく「あ、勝ってるらしい」という雰囲気を感じていただけだけど。
「あれでもう、男子何も言えなかったもんね」
 真っ直ぐと背筋を伸ばして、熱くなるんでもなく、落ち着いたまんまで言い返していたみーさは格好良かった。言ってることわかんなくても、どっちが勝ているかくらいわかるし、ヒーローみたい(女の子だからヒーローじゃないのかな?)と思ったのは覚えている。
「しかも、その後風ちゃんが……」
 こらえきれない、といった顔で続けるのはこなみだ。そうだった、そうだった。言い負かされた男子が、それでも何か欠点を探そうとしていた時だった。今までのことなんて知らなかったみたいに、ものすごく自然に風がやってきて言ったのだ。こなみのクレヨンを見て「わあ、このクレヨンお洒落ー!」って。
 風は可愛かったし、ファッションセンスも抜群だ。女子にはファッションの師匠として尊敬されて、男子には色んな意味でスゴイヤツだと思われている風にそんなことを言われると、こなみのクレヨンはそりゃもう最高の一品である。男子はこれ以上どうしようも出来ない、と察したのか一切口を閉じたっけ。
 そんなことを思い出していたら、こもちゃんがつぶやいた。
「ってわけで。覚えてるかなーっていうね」
 みーさとは仲良くなり始めていたけれど、きっとあれが決定的な出来事だった。風は転入生だったけど、あれ以来そんなこと忘れるくらい自然に私たちと一緒にいるようになった。
 ここにはいない二人だけど。そんな思い出を、覚えていてくれるかな。そんなことを考えながら、目の前のクレヨンを見た。

 

001:クレヨン 文字書きさんに100のお題