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Note No.6

小説置場

階段

「こちら幸せ堂!」

 夏のセール旋風は、みつば商店街にも吹き荒れている。そこかしこで何割引きやら云%引きやら、はたまたスタンプ二倍キャンペーンが目に入る。活気づいているのはいいことだ、と思いつつ宥はダンボールの箱を抱えて歩いている。
 どうせ戻った所でいいようにこき使われるだけなのだ。それなら、もう少し時間をつぶして行っても罰は当たらないはずだ。ここ一週間働きづめなのだから、それくらいあってしかるべきだろう。勝手に自己判断すると、宥は大通りをそれて裏路地へと入っていく。
 目的地は、裏通りのさらに奥に入った場所にある。昔はこちらの方まで店が出ていたが、今では取り壊されるのを待つ建物がひっそりと、息を潜めるようにして密集している程度だ。その内の一つに、途中まで解体したままで工事の手が止まっている場所がある。中途半端に解体されている所為で、一階と外階段だけが取り残されているのだ。
 外階段は案外頑丈で、昔は子どもたちのたまり場になっていた。夏は日差しも防げるし、雨が降ったら雨宿りも出来る。冬が寒いのは難点だったけれど、大人はこんな所までやって来ないし、上手い具合に体を隠してくれるこの階段は、一種の秘密基地のような風情があった。
 最近では、新しい秘密基地が出来たのか、はたまたこの場所がお気に召さないのか、子どもの影はほとんどない。それでも、宥にとっては好きなように時間を潰せる場所だったし、何より邪魔が入らない。しばらくそこで休んでいこう、と足を向けたのだ。
 しかし、外階段にはすでに先客がいた。一瞬身構えるものの、見知った影であることを悟った宥は、構わず足を進めた。
「めぐ?」
「うわ、宥!」
 びく、と肩を震わせて振り返ったのは、間違いなく幼馴染の一人である。
「うわーびっくりした! マジでびっくりした!」
 目をきょろきょろさせつつ、胸に手を当てている。本気で驚いたらしい。そんなことは気にも留めず、宥はめぐの隣に腰を下ろした。
「手伝いは? いいのか?」
「いやいや、それあんたに返すよ」
 本日は、商店街を上げてのセール期間の真っ最中である。二人の家とて例外ではないのだけれど。
「自主休憩中だ」
「あたしもー」
 手を挙げて同意するめぐに、まあそれもそうだろうな、と思った。要するにサボりだ。
「もーやってらんないから! 休憩ナシで働き続けるとか3日で限界」
「まったくだ。休みなしではやっていられない」
「そうそう!」
 もうこれ以上イカなんて焼いてられるかッと叫ぶ様子に、そう言えばめぐの家は海鮮焼きの屋台を出していたな、と思った。
「宥ん所はブーケとかリースとか作ってたじゃん。優雅じゃん」
「指吊るぞ」
 冗談ではない。ひたすら花を取り、曲げて結んで形を作って花を挿し、を繰り返していればその内指に限界が来る。採算度外視、客寄せのためだけに作っているので、大量生産しなくてはならないため、なおさらだ。
「あーもー今からお盆がユウウツだ……」
「僕もだ。鬼のような忙しさだからな」
 お盆にはおばあちゃんの家に帰る、などというクラスメイトたちの話など、ほとんど異世界の話だ。実家は正しく今住んでいる場所で、祖父母は同居が多い。大体、お盆とは帰省ではなく、掻き入れ時の間違いだ。これからやって来るであろう、殺人的な忙しさに思考を飛ばしていると、不意に後ろから声がかかる。
「めぐ、宥! サボりかー」
 からかいを含んだ声に振り返ると、自転車を押してやって来る貴恵の姿が目に入る。二人は声の主へ適当に挨拶を返した。貴恵は階段の前で自転車を止めると、二人の前に座った。
「どっか行ってたの?」
「うん。ちょっと学校まで納品?」
 夏休みに使う画用紙や、模造紙の予備などを届けに行っていたのだと言う。学校はいいお得意さんだからー、とにこにこ笑う様子から察するに、夏のセールはやっていないのかもしれない。思って尋ねると、貴恵はあっさり答える。
「屋台っていうか。カルチャー教室の出張所出してるね」
 そういえば、備品なくなるかもしれないから持って行かなくちゃなぁ、と言っている。二人としては暇なら自分の店を手伝いに来てもらいたい所だったが、貴恵は裏方として忙しそうだ。この時期の商店街の子どもが、忙しくないわけがない、ということを改めて思い知る。もはやこれは、生家が自営業ということを嘆くべきなのか、忙しいことを喜ぶべきなのか。遠い目をしながら考えるしかない。
 ぼんやりと思考をさまよわせていると、前方から人影が近づいてくることに気づいた。三人は一体誰がこんな所に、という気持ちと、もしかしてという予感を抱いて、前を見つめている。一歩、二歩、と人影は近づいて、三人の前に姿を現す。
「お、やっぱりここだ」
 朗らかに笑っているのは、幼馴染の一人・幸成である。見覚えのある前掛けをかけて、三人に歩み寄る。ついでに、冷えた缶ジュースも投げた。そういえば喉が乾いていた三人は「さすが幸成!」「ありがたいな」「タイミングいいー」などと褒め称えてから、プルトップを引いた。一気に喉に流し込む。
「どこにいるかと思ったんだけど。ここで正解」
 自分も缶ジュースに口をつけつつ、三人の前に腰を下ろす。にこ、と笑ってから指を二本立てた。
「悪い知らせと、すごく悪い知らせ、どっちから聞きたい?」
 完璧な笑顔は何だかやたらと力強い。決して首を振らせない強制力があるし、そんなことをしたらよくないことが起こりそうな気がしてくる。三人は渋々ながら「悪い知らせは?」と尋ねる。幸成は簡潔に答えた。
「おばさんたちがお前ら探してる」
 中々戻ってこない子どもたちに業を煮やしたらしい。まあ、それはそうだろう。猫の手も借りたいほどの忙しさの中抜けてきたのだから。
「もう一つは?」
 再びあの戦場のような場所に連れ戻されるより悪いことなんてあるのだろうか、と思いながらめぐが尋ねる。幸成は困ったような、ためらうような顔をした後、口を開いた。恐る恐る、といった風体で。
「ソー兄たちが俺ら探してるんだけど」
「……」
「……」
「……」
 黙った。ものすごく重い沈黙だった。
 誰も何も言わなかったけれど、考えていることはよくわかる。お互いどんなことを思っているかなど、それこそ手に取るようにわかってしまうのだ。確かに、確かにすごく悪い知らせだ。
「えーと、ソー兄ってことはうちのお兄ちゃんも…?」
 慎重にめぐが尋ねれば、幸成が大きくうなずく。「カイっちゃんがいないわけねーじゃん」と言い切られてがっくりと肩を落とした。
「もしかして、全員?」
「もちろん」
 貴恵の言葉にもためらわない。宥は何だか頭を抱えたくなってきた。自分の兄を筆頭にしたあの面子が揃っているなら、一体どんなことをさせられるのか。
「何しろって?」
「入口の福引の客寄せ?」
 疑問系なのは、一層突飛なことをやり始める可能性があるからだ。客寄せという名目で、一体どんなことをしでかすのかは全く分からない。それに自分たちを巻き込まないでほしいと切実に思うが、弟妹が混じっている所為で、体のいい頭数に入れられているのだ。
「まあ、とりあえず、探してきますって抜けてきたから」
 乾いた笑みを浮かべたままで幸成は言い、思い出したように缶ジュースへ口をつけた。
「ここなら中々見つからないだろうし。覚悟決めたら行こうぜってことで」
 逃げ切るなどという選択肢は存在しない。それなら、せめて懐かしい思い出に浸って、充分に勇気を蓄えてから出て行こう。いつだって見守ってくれた、かくまってくれた、古い階段の下で。

 

002:階段 文字書きさんに100のお題