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Note No.6

小説置場

マルボロ

 小箱が空中高く放り上げられる。真っ直ぐ落ちてくると、初めからそうすることが決まっていたように、放り投げた人物の手へ収まった。人物――ライは、手の中の箱を何とも言えない顔で見つめていた。
「ライ?」
 しばらくぼんやりしていると、不意に声をかけられる。振り向けば、よく見知った顔である由月が立っていた。
「何してんの」
「……別に何でもねーよ」
 ぶっきらぼうに答えるが、手の中の物に気づいたらしい。じわじわと笑みを広げて、「ああそれも持っていかないと」と言い添えた。
「重要アイテムだからね」
「つーか、あのジジイもっとポピュラーなもんにしとけよな…」
「はは、何だかんだで妙なこだわりある人だからね」
 あざやかな笑顔でそう言うと、由月が肩をすくめた。腕に抱えられている花束は彩りも豊かで、これから演奏会や舞台を見に行くのだと行ってもまるで違和感がなかった。
「きっとしんみりするのも嫌いだろうね」
 声のトーンが落ちたことを、ライは聞き逃さない。
 普段から傍若無人、自分が大好き、自分以外の人間はどうでもいい、という由月であることは百も承知している。普段なら、こんな態度を取っている場面を見ようものなら一体何を企んでいるんだ、と思うのだが。
「……だからって、何軒店回ったと思ってんだよ」
 ぞんざいな口調は本心から吐き出されたものだった。その辺の店へ行けばどうにかなると思っていたのに、結局両手の指を使っても足りないくらい、町中の店を訪ね歩く羽目になってしまった。
「普通のマルボロ吸っとけよな」
 言うと、手の中にある煙草を見つめた。小売商店で売っているような、よくあるものではない。ロゴやデザインはよく似ているけれど、地色は黒だしゴールドの線が入っていたり、緑の部分にも金縁が施されていたり、と所々で赴きが違っている。
 広く普及している銘柄ではないため、この煙草を手に入れようとしたライはかなりの労力を費やしたのだ。まったくもって憤懣やるかたない、という顔でぶつぶつつぶやく。
「これの所為でどんだけ走り回されたと思ってんだ」
「別にいいでしょ。体力削られたわけじゃないんだから」
 馬鹿みたいに無尽蔵なライの体力を指して言った。ライは「そうだけどそういう問題じゃねえ」と答えるものの、由月は無視した。
「煙草と花があれば充分だって言ったのライだし」
「……」
 唇を結んで、ライは手の中の煙草を見る。ジジイがよく吸っていた煙草だ。ガキの前じゃ吸わなかったけど、いつだってこんな匂いをさせていた。それから、色とりどりの目の覚めるような花さえあればいいって、ジジイなら言うはずなのだ。
「お葬式に出なかったんだから、走り回るくらい屁でもないよね」
 にこっ、とそれはもう綺麗な笑みを浮かべるので。ああ、やっぱり嫌だったんだな、と思った。喪主として立ち回らせたのは他でもないライである。
「知り合いだけは多いからねー。一体何人に挨拶したかわかんないし。しかも、一番昔から世話になってた誰かさんは出てこないし?」
 大変だったなー、などと言っているけれど、そんなことあるはずなかった。そこら辺の大人より、よっぽどソツなく対処出来る人間なのだ。波風立てず、好印象を与えながら、自分の思う通りに持っていくことなど、由月にとっては訳もない。面倒くさかったではあろうが、大変なわけがないのだ。
「ショックが大きすぎて出てこられないってことにしといたから。泣き暮らしてるとでも思われてるんじゃない」
 意外と繊細な所もあるんだなって言ってたよ、と報告されてもライとしては何とも言えなかった。確かに葬儀には出なかったけれど、まさか泣き暮らしていたわけでもないし、むしろ街中をうろうろして買い食いなどしていた。
 由月は決して理由を聞かなかった。聞かなくても分かっていたのかもしれないし、言う必要もなかった。だけれど、ライは口を開いた。しっかりと言葉にしておきたいような気がしたのだ。
「全然知らねーヤツが悲しんでるのなんて、見たくねーんだよ」
 悲しいことなのだとはわかっていた。永遠の別れだ。もう二度と会うことは出来なくて、名前を呼んでもらえないし、くだらない話をしても笑ってくれない。それはとても嫌で、納得が行かなくて腹立たしい。だけど。
「何で他人の絶望なんか聞かなきゃなんねーんだ」
 共感をしろということなのかもしれない。悲しみはあまりに大きすぎるから、共に背負って分かち合っていこうということなのかもしれない。だけれどそんなこと、ライには御免だった。
「勝手に嘆いて泣いてりゃいいだろ。悲しいって言ってろよ。俺に聞かせんな」
 人の悲哀などに興味はなかった。決して楽しくもない話を、無理矢理耳をこじ開けられて聞かされているような感覚でしかない。絶望するのは勝手だ。憤ろうが、腹を立てようが、何もかもが嫌になろうが、そんなことは自由にすればいい。
 だけれど、どうしてそれを俺が聞かなくちゃいけない? 一緒になって泣いてくれだなんて糞食らえだ。勝手に泣けよ、勝手に嘆いてろよ。
「俺のは俺だけのもんだ」
 悲しみも辛さも苦しさも、全て自分で背負っていく。誰かに持ってもらう必要もないし、重さで潰れるなら潰れても構わなかった。他人の感情など邪魔なだけだった。全ては他の誰でもない自分自身のものだ。
 由月はライの言葉に「君らしい」と小さく笑った。心底嬉しそうな、輝かしい笑みだった。ライはそれを認めて、「おう」と答えてゆっくりと歩き出す。見晴らしのいい場所へ、何より大事な人が眠る場所へ。手向けのために、二人は歩いていく。

 

004:マルボロ 文字書きさんに100のお題