Note No.6

小説置場

かみなり

 わたくしたちは、生まれた時からわたくしたちなのです。疑う余地は微塵もなく、いついかなる時も、完全にわたくしたち自身であり続けるのです。一つとして疑問に思うことはありません。わたくしたちは完全でありました。わたくしたちは完璧でありました――。
 滔々と流れる言葉を、ファセルは羊皮紙に書きつけた。音として鼓膜を震わせることのない、特別な「声」だ。彼のよく知る三人の子どもたちであれば、それはほとんど声として認識出来るのかもしれなかったが、少なくとも今のファセルには不可能だった。声ではなく、音ではなく、脳内に直接語りかけられる。言葉が脳裏に浮かぶのでもなく、ただ意味そのものを投げ込まれるような体験だ。
 何も知らない人間であったならば、目を回していただろうし、卒倒していたかもしれない。しかし、幸いにもファセルは予備知識があったし、事前に何度も聞かされていた。人知を越えた力を扱う特殊機関に在籍していたからであり、何よりも目の前の存在に近しい者たちを知っていたからだ。
 そう、あの子たちは特別でした――。
 突然言葉が語り出す。ファセルは何も問うてはいないし、そもそも何らかの言葉さえ形作らなかった。それでも、頭の中に浮かんだ人物たちを察知し、当然のように話が始まる。直接頭の中を見られているみたいだな、と思い、それからその通りだな、と思い直した。恐らく、言葉や声にしなくとも、頭の中に浮かんだものが何であるかなど、手に取るようにわかってしまうのだろう。――何せ、この言葉の正体は神様なのだから。
 わたくしたちは、と彼女は言った。ファセルの目に、言葉の主は映らない。少なくとも、「声」を感知出来る時に、姿を目にしたことはないし、何も聞こえない状態でどうにかぼんやりした影を捕らえたことがあるくらいだ。だから、彼女であるかどうかなど、ファセルには確信が持てない。だけれど、ファセルははっきりと知っていた。この言葉の主が女性であることは、間違いないのだと思えた。今まで残された文献や、依り代たちの言葉から推察するにそれが正しいのだということもある。だけれど一番の理由は、彼女の言う「あの子たち」をファセルは知っていたからだ。
 わたくしたちはこの世に現れた瞬間から完全であり完璧であり完成されていたのです。だけれど、あの子たちは違っていた。
 言葉は続く。彼女が思い浮かべている存在を、ファセルも同時に思い浮かべている。それから、はっきりと心の中で言葉を作った。恐らく、そんなことをしなくても拾い上げてくれたのだろうけれど。
(完成されてはいなかった、ということでしょうか?)
 彼女は肯定の意を示した。そうなのです、あの子たちは生まれた時からいとも不完全な存在でありました。
 ファセルは言葉を挟まなかった。意識すらも抑制し、ただ無意識に徹した。彼女は音にならない声で、ただ言葉を投げた。意味だけを、ファセルの頭に放り込んでゆく。
 一人で生きることも叶わず、己の命の意味さえ知らず、何の定義も持たなかったのです。ただ命を磨耗してゆくだけの日々でした。ただ鼓動を消費するだけの毎日でありました。わたくしたちには想像もつかないことです。欠けた部分ばかりを抱えて、不完全なままで生きているのです。
 それは、と続けた。それまるで、あの人のようでありました、と。
 彼女の言うあの人、を恐らくファセルは知っている。知らない人間などいなかった。この国に生まれ、この国で育つ限り、決して避けては通れぬ名前。忘れることも知らないふりも出来ぬ名前。
 ラーレイアもあの子らのようでありました。不完全で、未完成で、未熟でありました。一つとして完成された部分などなく、成熟からはほど遠く、欠陥ばかりでございました。力は弱く、使い道すら知らず、使いこなすことも出来ずにいたのです。
 人間にしては飛びぬけた力を持っていても、恐らく神の前では児戯にも等しかったのだろう。本来なら、脅威にすらなることもなかった。そもそも気にかけられることもなかったはずだった。だけれど、ファセルはこの結末を知っていた。
 彼女は言葉を継いだ。不完全でありました。未完成でありました。未熟でありました。だからこそラーレイアは――。
 中途半端な存在だったのだろう。人間のままでいるには力がありすぎた。神の末席を汚すには微力でしかなかった。どちらに属することも出来ず、神のような力を持った人間は、人間のような神となる。身の内に、絶大的な可能性を宿しながら。
 不完全であったからこそ、どんなものでも受け入れました。未完成であったからこそ、いくらでも積み上げることが出来ました。未熟だったからこそ、際限なく熟していくことが可能だったのです。
 そうしてラーレイアは? 箍を外して受け入れて、堰を壊して邁進し、腐り落ちるまで熟すことを選んだラーレイアは?
 わたくしたちをも凌駕した、唯一絶対の存在となりました。
 彼女は語る。悲しみも後悔もなく、ただ事実を述べるように、ひたすらにファセルへ意味を落としていく。誰もが知るこの昔話が語るものは一体何なのだろうか? 神々を虐殺した世界で唯一の存在。神々を屠ることの出来た、たった一つの、神以上の神。ラーレイアの話は一体何を語るのか? 恐らくファセルはもうその答えを知っているのだけれど。
(だから、あの子たちもそうなると?)
 こんな問いに意味などないと知っていたけれど、言葉を作った。
 ファセルの知る、三人の子どもたち。「ラーレイアの子供」と呼ばれ忌み嫌われる。絶対的な力を持ち、神の存在を認識し、自由に力を使用した。ファセルたち力を扱うものでさえ、見る・聞くどちかしか出来ないにも関わらず、三人の子どもはいとも容易く両方をやってのける。そうして、今言葉を語る彼女のことを、隣人の話をする気軽さで口にしてしまうのだ。
 彼女は否定しなかった。肯定もしなかった。代わりに、別の言葉で答えた。
 わたくしたちは、生まれた時からこの世に出現した時から、完成され完全であり完璧なのです。強大な力を持ち、意味を知り、他の道など存在しないのです。わたくしたちは完璧です。完全であります。完成されているのです。
 だから、なのか。しかし、なのか。彼女はただぽつりと。永遠の循環の中で生きているのです、とつぶやいた。出発地点も到着地点も存在しない、未来永劫変化することのない永遠だ。終わりのない、無尽蔵のような力の源だ。
 彼女は言った。わたくしたちは完成されている。わたくしたちは完璧な存在である。わたくしたちは完全であるからこそ、他に何もいらない。だけれど、あの子たちは。
 不完全だ。未熟で、頼りない。完璧にはほど遠い。だからこそ、あの子たちはどんな力も受け入れる。どんなものも糧にして、進んでゆける。何もかもを食らい、力として、全てを巻き込み成長して――そうして、神に成るのだ。


優劣ではなく、勝敗でもなく。

 

009:かみなり 文字書きさんに100のお題