Note No.6

小説置場

トランキライザー

 住宅街の一角にある、何の変哲もない家だった。市役所から車で十分ほど行った先にあるのは、新しく家を買う若い夫婦のために用意されたような、ありふれた家の群れ。建売にしてはデザイン度が高く、同じような家が並んでいないことだけが唯一の着目点と言えるかもしれなかった。
「さあ着いた。ここがそうだよ――鍵は持っているね」
 車から降りると、年配の男性が開口一番そう言った。市役所の人間ではあるが、老舗ホテルのフロント辺りにいそうな雰囲気のある男性だ。言葉の先は年若い部下に向けられている。
「あ、はい! 確かに!」
 ポケットから取り出された鍵は、やはり何の変哲もない鍵――のように見えるけれど、実際は技術の粋を集めて作られている。何でも、鍵自体が静脈判別を行い、合致しなければ鍵穴にさえ入れられないという。そんな手間をかけなくても、扉そのものに静脈センサーをつければいいのでは? と思った部下はそう言ったのだけれど、上司は苦笑いで答えた。
「普通の一般家庭と同じようにふるまいなさい」
 道路の端に車を止め、門へ歩いていく上司は、疑問を尋ねた時と同じ言葉を口にした。扉そのものにセンサーをつければいいのではないか、と部下が問うた時もこんな風に言っていた。静脈認証が当たり前になったならそうするよ。普通の一般家庭と同じようにふるまわなくてはいけないからね。上司はそう言っていたはずだ。
 上司は門のそばにあるインターホンを押した。どこかで聞いたことのあるような音がして、家人が出たようだ。役所から来た旨と名前を告げると、わかりましたと答えが返る。傍から見ていれば、単なるセールスにしか見えないんだろうな、と上司の背中を見ながら部下は考えている。まるでただのセールスマンじゃないか。一応これでも、上級試験をパスしたんだけど、見えないだろうなぁ。
 彼は生まれも育ちもここ真封市である。高校や大学はもちろんそうだし、公務員試験のための予備校でさえ真封市からは出たことがない。何せ、都内に行くよりも安い値段で同等もしくはそれ以上の授業が受けられるのだから、わざわざ都内に行く必要がない。家賃だって安いし。
 そうして国家公務員の上級試験をパスした彼は、ここ真封市市役所に勤務している。本来ならば、上級試験合格者が地方市役所に勤務することなど有りえない。けれど、彼は試験をパスして面接に臨む辺りから、正しく理解していた。最先端の技術が集められ、快適な生活が保障され、全ての設備が恐ろしく整ったここ真封市の、唯一絶対の秘密を。
 上司が門を開いて、中へ入った。ほんの数歩で扉の前まで辿り着くと、内側から開かれる。いたって平凡なこの住宅街に、こんな大層な秘密が隠れていることは誰も知らない。近所の人でさえ、知っているはずがない。
「やあ、泉里くん。元気そうだね」
「……おかげさまで」
 わずかに首をかしげてうなずいたのは、やわらかな面差しの青年だ。赤茶色の髪の毛と、白い肌はどことなく異国の雰囲気がある。年齢は確か19歳、名前は松井泉里。彼は心の中で、書類とそれに添付されていた顔写真を思い浮かべる。
 招き入れられ、上司共々家に入った。いたって普通の内装は、玄関から少し歩けばリビングへとつながる。この家も例外はなく、彼の実家と同じようにすぐさまリビングへと辿り着く。扉を開くと、そこには数人の人間が座っていた。
「お、ホントに新しいヤツ来たんだ」
「マジだ、マジだ」
 最初に声を発したのは、リビングの奥のソファに座っている青年だ。群青色のグラデーションがかった髪色は奇天烈であるはずなのに、どういうわけかよく似合っていた。確か彼は柔野奏緒と言ったはず。最年長の21歳。
 続いて同意を示したのは、目にもあざやかな金色の髪を持った少年だった。黒い目をしているけれど、彫りの深い顔立ちをしている。17歳の高校生、坂江侘救。ソファの前にあるラグの上に座っている。
「じゃーこれで、もっと色んなトコ行けるね!」
 よろしくー、という声に視線を動かすと、窓際のダイニングテーブルの所に人影がある。白い髪の毛、ヘッドフォンを首からかけている様子は、書類に書かれていた通り。最年少の15歳、向居美琴というのが彼だろう。
「行動範囲広がったから、人増やしてんでしょー?」
 にこにこ尋ねられて、上司は「その通りだ、美琴くん」と同意を示した。確かに、成長するにつれて常に一緒にいられるわけではない彼らのために、人員が増やされている。
「顔合わせ、ということでいいんでしょうか」
 いつの間にかキッチンに立っていた泉里が遠慮がちに声をかける。上司は「お構いなく」と言ってから、それもあるけれど、と続ける。
「新しい鍵が出来たから、持ってきたんだよ」
 見た目は普通の鍵だけれど、最先端テクノロジーで作られている鍵である。というか、最高鉄壁の防犯システムが入れられているのがこの家である。恐らく、新しくプログラミングをインストールしたり、メンテナンスを行ったりしたのだろう。
 上司が五本の鍵を取り出し、それぞれに渡す様を眺めつつ、彼は思う。そういえばもう一人はどこへいるのだろう。真封市の秘密であり、根幹とも言える人物だ。彼がいなくては何も始まらない。きょろきょろしていたら、その動きに気づいたらしい。
「朱音ならここ!」
 にぱ、という感じで笑ったのは侘救だった。ソファの裏を示し、ここに隠れてんの、と続く。彼はどうも、と頭を下げてから、何度も読み返した書類を思い浮かべる。
 相馬朱音。17歳の高校生。極度の人見知りで、ほとんど人前に顔を出さない。最重要人物。絶対に死守しなくてはならない存在。世界を支える根幹、この世を支える閻浮樹を守る、たった一人の人物。
 遥か遠くの昔から、このしきたりは守られてきた。科学に押されたこの現代でさえも、世界を支えると言われる閻浮樹やそれを巡る人々を蔑ろにしないのは、至極真っ当な理由がある。国家の力を賭けて死守し、全てを使って守り通す。簡単な理由だ。明快な理由だ。それは嘘でも偽りでもなく、真実大きな力を秘めているのだと、知っているからだ。
 人知を越えた力を有し、尚且つダイレクトに地球そのものに働きかける存在を、誰が蔑ろにするものか? 朱音と世界は、正しくつながりを持っていた。彼を見れば地球の様子は一目でわかったし、朱音に働きかければ、世界を左右することも出来た。こんな存在はここにしか生まれず、また真封を離れると死んでしまう。だから、国家は真封市を彼らが一生をつつがなく終えられる場所へとなった。ただ、彼らの毎日を保護し、生活し、生きていくためだけに。
 朱音を守ることが出来る存在も、この場所にしか生まれない。生まれた時から特別な力を持ち、閻浮樹守を守るために多大な力を身に宿す。それが今ここにいる四人なのだ。
「それにしても」
 上司がぼんやりと言った。新しい鍵をもらって満足しているらしい五人(といっても朱音の様子はうかがえないが)に向けて、君たちはよほど鍵に思い入れがあるようだね、と続ける。カードキーにすることも可能だし、いつも誰かがいるのだから自分で鍵など持たなくても問題はないというのに。鍵を持つことが大切なようだね、という言葉に彼は考える。
 人知を越えた力は、持ち主の幸福を約束しない。それ所か、生まれながらに制御も出来ない強大な力を手にした彼らの半生は、生易しいものではなかった。普通の幸福など見る影もなく、陰惨で残酷な場面に何度も出くわしただろう。偉大なる力を持った彼らは、敬いながら恐れられ、奉られながら忌避され続けてきた。だから、と彼は思った。こうして寄り添いあう家など望むべくもなかっただろうから、帰れる場所があるのだということを示す鍵の存在が、大事なのではないか?
 上司の言葉に答えたのは奏緒だった。もらった鍵を弄びながら、シニカルでも何でもない、いたって普通の口調で言った。
「俺たちみたいな化け物を閉じ込められる鍵があるって確認出来るから、安心するんですよ」

 

 

010:トランキライザー 文字書きさんに100のお題