読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

柔らかい殻

 夏が来るよ。

 終業式まで後二日、という頃だ。中間テストも終わったし、もう夏休みを待つだけ! という気分で学校中が満ちていた。うちのクラス仲は悪くないというより良い方だから、放課後暇な子たちがだらだらと話しながら帰っていた。
 ムードメーカーの男子も、目立たないけど話してみるといい子って女子も、部活がないメンバーでくだらない話をしながら土手を歩いていた。空気はむしむししていて暑苦しかったけど、水を見ているだけで気分的には涼しい。
「神社の夏祭り、行くだろ?」
 誰かが今月末の夏祭りの話を持ち出すと、口々に「行く行く」という声があがる。ここからの流れは何となく予想出来た。クラスで一番声の大きな、ノリのいい男子が叫ぶ。
「じゃー、みんなで行かね!」
 女子とかも入れてみんなで一夏の思いで作ろうぜ! ときらきらした笑みを浮かべて宣言する。他の男子も乗り気だし、女子たちも満更ではない。恐らく、ここは一緒に乗っかってしまうのがクラス内の立ち位置としては得策なのだろうな、と思うのだけれど。
「あー、悪いけど俺らパス」
 夏休みを控えて膨らんだ気持ちを、ばっさり切り捨てるような声が響く。私は心の中でうなずいた。
「何だよ満、ノリ悪いなー」
 唇を尖らす男子にそんなことを言われているけど、草深は動じない。当たり前のような顔で、腕を伸ばすと私の肩を掴んだ。
「宮夏と一緒に行くからお前ら邪魔」
 さり気なく力を入れるので、数歩移動して草深の隣に立った。私も「そういうことなんでー」と笑っておくことを忘れない。なるべく軽く、自慢げに見えるような顔で。
「一人だけごめんねっ☆」
 女子に向かって言い放つと、「悪いと思ってる顔じゃないし」という突っ込みが入り、笑いが弾けた。女子の一人が肩をすくめて「これだから彼氏持ちは」と大袈裟に溜め息を吐く。男子の方も「満ばっか何なんだよおおお!」とやたら大きいリアクションで悶えているので、いい感じに了承されそうだ。
「ったくよー、何なのお前。幼馴染ってだけで妄想全開なのに、彼女で! 一緒に夏祭り行くとか! 何それお前の脳内彼女じゃねーの!?」
「生憎現実ですー。ちなみに、お互い窓から出入りも出来ますが!」
「朝起こしに行くとかもリアルでやりますが!」
 輝かしく宣言するので私も便乗してみた。案の定クラスメイトたちはぎゃあぎゃあ喚きつつ「リアル幼馴染!」「ってかそれどんな漫画」などと言っている。いやまあ、それを狙ってやっているのだけれど。
 そんな感じで一通り騒いでいたら、一人二人と帰り道が分岐していく。最後の一塊と別れるまで、私たちは幼馴染カップルどうのこうのとからかわれていたけど、正直いつものことだった。
「じゃーな! 精々仲良くやってろ!」
「お前も早く彼女見つけろ!」
 別れる寸前、草深がそんなことを言ったら「うっせ!」という声が返った。苦笑いを浮かべつつ手を振り、「いやー妬かれちゃった」「羨ましいんだよなー」などと言い合っていた。
 そうして角を曲がった瞬間、草深が大きく肩を動かした。私も両頬を手で押して、ぐにぐにっとマッサージをする。いつものことなので大丈夫だけど、本当無駄に表情筋鍛えられてそうだ。
「あいつら来んのか。じゃ、二回行かんと駄目か」
「うん。一応、夏祭りでばったり鉢合わせしといた方がいいかもね」
「だよなー……」
 面倒くさい、と明らかに横顔が言っていた。それは私もだけど、仕方がない。さすがに土まみれの姿を見つかったり、下手してスコップ持ってる所を見られたりしたらそれこそ目も当てられない。
「ま、でも。やっぱ宮夏のおかげだよな、彼氏彼女設定は良かった」
「大体これで8割の面倒は軽減されるからね」
 愛想一つなく言い放たれた言葉だけれど、私も表情はまったく無しで答えているので問題はない。草深はぼんやりと周りを見ながら、そっとつぶやく。
「どうせ一生一緒なんだから、ある意味間違ってねーけど」
 私たちのこれからの人生は、驚くほどくっきりした道を描いている。きっと私はこのままずっと草深と生きていく。彼氏が出来ることもなく、誰かと思い合うこともなく、ただ草深と一生を終える。
 そこに甘美な意味は一つもなく、ただあの夏の日に全ては決まってしまった。ただそれだけのことなのだ。
 私たちは会話一つするでもなく、ただ無言でアスファルトを歩く。今までコツコツと、お互い好き同士なのに素直になれなかった幼馴染(最近両思いを自覚しあった)を築き上げてきたので、黙っていたっていいように解釈してくれるだろう。照れてるんだなとか何とか。
 道路を曲がると、見覚えのある神社が見えてきた。さっき話題に出てきていたもので、私と草深にとっては色んな意味を持つ場所だ。そろそろ太陽も沈むから熱は弱まっているはずだけれど、もうとっくに季節は塗り替えられている。夏が来るのだと、ざわざわ揺れる木を見ながら思っていた。
「……夏が来るな」
 ぽつりとこぼされた草深の言葉。同意も肯定も、反応を一つも求めていないのは隣にいるのが私だからだ。当たり前のように、手に取るようにハッキリと、考えていることがわかっている私だからだ。きっとあの日に、あの夏の夜に、私と草深は何もかもを分け合ってしまったから。心臓も、脳みそも、体中の全部も、二人で分けてしまったから。
「……そろそろ宗太さん帰って来るね」
 時間に気づいてつぶやいても、草深は何も言わない。だって正しく、私と同じ頭の動きをしているのだから、わかりきっているはずなのだ。この世界にたった一人、私たちだけの、唯一絶対の神様。他の誰もどうでもいいけど、私たちの世界にたった一人だけ必要な人。
 私たちはきっとあの人の元で生きていくのだろう。宗太さんだけがいればいい。他に何も要らない。宗太さんがいるのならば、どんな地獄も楽園に変わってしまう。世界そのもので、神様の宗太さん。私と草深しか知らない、やさしくておだやかで、やわらかな。

 

011:柔らかい殻 文字書きさんに100のお題