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Note No.6

小説置場

ガードレール

長編―登場人物

 内側から光を放つようだ、と思う。いやもしかしたら、本当に光っているのかも。私自身は何も変わっていないつもりだけど、目の構造が知らない内に変化していて、内側から放つ光を目に映せるようになったのかもしれない。
 白く滑らかな肌は、陶器のようなすべらかさで光を弾いている。ミルクティー色をした髪の毛はゆるやかに波打って、卵型の輪郭をやさしく包む。唇は愛らしい桃色をしていて、頬はばら色。ふっさりとした睫毛が大きな目を品よく飾り、やや青みがかった瞳は神秘的な輝きをたたえている。
 たとえそれが、上下が紺のジャージ姿であろうとも、だるそうにガードレールに腰かけているとしても、光は決して衰えたりしない。道行く人たちがちらちらと視線を投げかけているし、周囲の関心を集めてやまない。もっとも、当の本人はそんなことを意に介さず、大あくびなんてしているのだけれど。
(彼方?)
 視線を感じたらしく、声にならない声で名前を呼ばれた。今ではほとんど呼ばれることがない、私の名前。
(何、遥香
(んー、何か彼方、私のこと見てたから)
(いや、やっぱり美人だよねって思って)
 遥香の隣に腰かけるようにして、ガードレールに座った。別に浮いている状態でも全然疲れないんだけど、話をするならやっぱりこうした方が遥香もいいだろう。上空をひたすら見つめている美少女はきっと絵になるだろうけど、やっぱり何もない場所へじっと視線を注いでいるのは奇妙だ。ただでさえ近寄り難い遥香を、これ以上人から遠ざけるのもどうかという私の判断だ。この世で私の姿が見える唯一の人間だし(たぶん)、それくらい気を遣ってもいいと思う。
(まー面倒くさいだけだけどねー)
 気のない顔で返事をする遥香の言葉は、いたって本心からのものだ。否定しないのは単純に、自分の顔の美醜を客観的に理解しているから。謙遜することもなく肯定して、その上で言うのは嫌味でも何でもなかった。
(いちいち断るのも手間なんだよ)
 心の中のつぶやきは、ダイレクトに私にまで伝わってくる。きちんと声に出さなくても会話が出来るおかげで、独り言を言う美少女、という扱いになっていないのは有り難い。遥香の言葉に答える私は一応、口を動かしているのだけど。やっぱり今まで染み付いた感覚はなかなか抜けないものだ。
(うっかり変な断り方すると後が面倒だしね)
 私だったら後が怖いけど、遥香は面倒がるだけなのだろうな、ということくらいはわかっている。いわゆるヤンキーっぽい人たちに声をかけられて、遊びに行こうだとか連絡先を聞かれた時、遥香は毅然とした態度を取っていた。怯むことなく凛としていて、気圧されるような空気を纏っている。そのおかげか、あまり困った事態にはなっていなかった。今の所は。
(そう。暴力沙汰とかなったら余計面倒だし、一応気をつけてるんだから)
(偉いぞ、遥香
(……っていうか、あれじゃない)
(なに)
(彼方が適当に取りついてくれたら、問題は解決する気がする)
 操ってその辺に捨ててきちゃえばいいんだ、とさも名案だ! という顔で遥香が言う。私は大袈裟に肩をすくめて答えた。
(残念でした。私にはそんな機能ついてませーん)
 現実世界のものに対して、私は何一つ干渉出来なかった。物を動かすことも出来ないし、遥香が言うように誰かに取りつくことも叶わない。特殊能力が使えるわけでもないし、こうなって出来るようになったことと言ったら空が飛べるとか映画がタダ見出来るとかそれくらいだ。
(霊感持ってないくせに私が見えるなんて、遥香くらいだし)
 いわゆる幽霊らしき状態になった私を発見するのは、ごくまれにいる霊感を持った人たちだ。だけれど、どういうわけかそういう人たちは、大体「気のせい」で片付けてしまうので、幽霊として認識してもらえない。きちんと見えて会話も出来て話までしてくれる、というレベルの人には今の所会ったことがなかった。やっぱりレアらしい。
(なんで私にだけ見えるのかなー)
 不思議そうな首をかしげると、さらりと髪の毛がこぼれた。つやつやした髪の毛は、光を溜め込んだみたいに綺麗だ。ジャージだろうとガードレールに座っていようと、宮殿の椅子に腰かけたお姫様のように見える。
(どうせなら、彼方の家族に見えたらいいのにね)
(誰も見えなかったしねぇ)
 見える/見えないの基準が何なのかは、私にもわからない。つながりという意味では、家族やクラスメイトの方が深いというのに、今まで一度も会ったことがない遥香にしか見えないというのは一体何なんだ。天使にも聞いたのに、「知りませんよ」と事務的に返答されただけだった。もっと愛想よくしても罰は当たらないというのに。
(まあでも、聞こえてるからいいのかな?)
 私一人しか見えてなくても、とつぶやいた遥香はガードレールから道路へ降りた。お尻の辺りをはたきつつ、彼方の話が出来る人が近くにいたのはよかったよね、とか言っている。
(二人とも聞こえなかったら遥香、ただの変人だよね)
 ただでさえ変な人だと思われていたのに、もはやただのおかしい人扱いされると思う。
(たぶん遥香の一番近くにいた人だからだとは思うけど)
(まー、うちはほとんど家庭崩壊してるしね)
 あっさり言う遥香には、悲愴さの欠片もない。冷えきった夫婦関係に、それぞれが愛人の家に入り浸っているというドラマか! と突っ込みたくなる家庭環境は、遥香にとってはもはや当たり前らしい。
「拓海、正登!」
 大きく手を振った遥香の視線の先へ、私も目をやる。本人曰く家庭崩壊中の遥香にとって、家族よりももっと近しくて、ずっと傍にいた人たち。この二人がいたから、ぎりぎりの所で遥香はきちんと日常生活を営めているんだと思う。
「何お前、ずっとここで待ってたの」
「そう。家にいても暇だし」
 呆れたように拓海が言い、遥香はあっさり答える。続けて「ちゃんと待ってたんだからご褒美よろしく」と続けると、拓海は大きな口を開けて「じゃあ、帰りにコンビニ寄るか!」と笑っている。
「彼方もいるの?」
(いるよ)
 拓海の後ろからやって来た正登の言葉に小さく答える。正登は私の姿が見えないのできょろきょろしていると、遥香がガードレールを示した。
「ガードレールの所に座ってる」
 遥香の言葉に正登がこちらを見る。決して視線は合わないのだけど、こうして居場所を確認してくれるのが正登のやさしい所だと思う。
「よし、じゃあ今日は肉まんあんまんピザまんチョコまんで行こう」
 歩き出した拓海が、コンビニで調達する食べ物についてあれこれ言い立てている。どうやら今日は、肉まんデーらしいのだけど。
「一人で四つも食べるのか、お前は」
「いやいや、俺ら四つの分だろ」
 俺と、正登と、遥香と、彼方。当たり前のように指を折って数え上げる。誰もそれに疑問を挟まないで、「それは誰がどれなのよ」とか「俺あんまんがいい」とか言っているのが、少しくすぐったくて、ふわふわした気持ちに満たされる。当たり前みたいに、ここにいることが当然みたいに、居場所をきちんと作ってくれている。
「彼方はどれがいい?」
(どれでも。拓海が選んでいいよ、私の分は)
 結局拓海が食べるんだし、と続けたら「俺と彼方の胃袋は一緒だからな」と宣言していた。

 

012:ガードレール 文字書きさんに100のお題