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Note No.6

小説置場

深夜番組

長編―登場人物

 昼休み、隣のクラスを訪れた基河聡司は、同じく演劇部部員である上郷雪音を呼び出した。貸したままになっていた、社会の資料集を返してもらうためである。
「……なに」
 不機嫌オーラを全開にして廊下に出てきた雪音が、顔に似ず低い声で用件を尋ねる。恐らく自分の机で寝ていたのだろう、と総司は当たりをつける。昨夜の寝不足をこの時間に取り戻そうとしていた所に総司がやって来て、この態度らしい、と予想がついた。もっとも、いくら声を低くした所で、栗色の髪の毛に大きな目、小さな体躯という要素が変化することがないので、愛らしい姿のままだった。
「いや、この前お前に貸した社会の資料集を返してもらいにきたんだけど」
 次は俺が社会なんだよ、と続けると凶悪なまなざしのままで雪音は黙り込んだ。ぶつぶつと、資料集……と口の中で唱えている。数十秒眺めていると、不意に平坦な顔つきになり、「あ」とこぼした。
「雪耶に貸したよ」
「また貸しすんなよ」
 同じく演劇部員で、顔のよく似た従兄弟である上郷雪耶の名前をあげるので、軽く頭を小突いた。「痛いな、何するんだよ」と唇を尖らせてはいるものの、険悪な雰囲気はない。本気で怒っている訳ではない、ということはわかっているので、気にしなかった。
「しゃーねえな。じゃあ、上郷の所行って来る」
「あ、僕も行く。雪耶に用があったんだった」
「つーかこの場合、お前が借りてくるのが筋じゃねぇの?」
「細かいことを気にするなよ」
 あっさり切って捨てると、雪音は総司と連れ立って隣のクラスへ向かった。幸い雪耶は教室にいたので、呼び出して社会の資料集を返すように頼む。これで大体の問題は片がつくはずだったのだが。
「あら。それ、奈月に貸しちゃったんだけど」
 大きな瞳をまばたかせて、仏蘭西人形のような顔立ちをした雪耶があっさり言い切った。雪耶の反応から何となく予想していたので、総司は突っ込む気にもならない。ぼんやりと、また貸しのまた貸しって何て言うんだろうな、と思っていた。
「ごめんなさい。というか、あれ雪音のじゃなかったの?」
「うん、あれは総司に借りてたものだった」
 雪音の口ぶりから察するに、借りていたこと自体を忘れていた可能性が高いな、と総司は判断する。そういう人間だ。
「もう。それじゃ、他の人に借りた方がいいわよね」
「あー……まあ、別に資料集くらいなくてもどうってことねぇから、いいわ」
 一応ここまで来てみたけれど、正直総司は面倒くさくなっていた。資料集の一冊くらい、忘れたと申告すればいい話だ。なかったら死ぬわけでもないし、必要ならば周りの人間に見せてもらえばいい。特別そういったことが苦ではない性格なので、まあいいか、と開き直ることにした。
「しかし、何なんだお前らは。自分の資料集どこいったんだ」
 そういえば、と思い立って聞いてみる。今の所3人に資料集が流れているようだが、それぞれが本来なら持っているはずなのだ。どうしてまた貸しの連鎖が起きるのか、疑問に思って尋ねてみる。雪音と雪耶はしばらく顔を見合わせてから、澄んだ声で答える。
「さあ?」
「どこかにはあると思うんだけど」
 捨てた記憶はないから捨ててはいないと思うんだ、というなんとも心もとない返答。総司は心から思った。そうだ、こいつらこういう人間だよな。興味ないことはひたすらどうでもいいっていう。
「まあ、いざって時は買えばいいんじゃない?」
 もしも必要ならさ、と雪音が告げる。その瞬間、どこからともなく「教科書の類は簡単に購入出来ないぞ!」という声が降ってきた。声の主を予想している3人は、毛ほども慌てず視線を上げる。するとそこには予想通り、教室上部の窓から廊下へ降りようとする、演劇部部長・宵城斎雅の姿があった。
「教科書や資料集の類は、通常の書店では取り扱っていない。特に義務教育中の教科書などは学校で配られるのが普通だからな。高等学校では、各学校と指定契約を結んだ書店でのみ購入出来るが、それも期間が決まっている。新学期開始までには購入し終えなければ、その後で手に入れることは難しい!」
 長い台詞を言い終わる頃には、きちんと廊下に下り立っていた。息も乱さず3人の前に現れた斎雅は、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「だが、諦めるにはまだ早い! 通常県内――というか学区内だな――には、指定契約を結んだ書店の中でも総元締めというものが存在している。ここが近隣の書店分の教科書類を発注し、納入、それぞれに分配しているというわけだ」
 一息に言い終えると、うむ、天晴れなシステムだ、などとうなずいている。それからきらりと目を輝かせると、一言も挟む余地を与えずに口を開いた。
「この総元締めの書店であれば、今年度の教科書類であれば取り置いている可能性が高い。たとえば雪音のような、うっかりなくしちゃった☆などというお馬鹿さんがいたりするからだ。というわけで、その書店がどこか、というのが問題になってくるわけだが――今、この話を聞いているあなたは運がいい!」
 いつの間にか手にしていた扇子をびし、と3人に突きつける。いつもテンションのおかしい斎雅ではあるが、どうも今日は余計におかしい、ということには気づいたものの、こうなった途中で遮る方が厄介だ、ということを3人は経験則として知っていた。
「今ならこの書店の情報がなんとタダで手に入る! 駅から徒歩5分、裏通りにあるので喧騒とはほど遠い立地にたたずむこちらの店は、大正時代から続く老舗中の老舗です。文庫本から漫画に辞書、果ては同人誌まで取りそろえるコアな品揃えに、きっとあなたも満足するはず。さて、それでは注目のこちらの書店のお名前は――」
「さっきからうるさいんですけど部長」
 みなまで言う前に、斎雅の体がふっ飛んでいった。横合いから思いっきり蹴り倒されたためだ。3人は、唯一斎雅の暴走を(暴力で)止められる相手の出現に手を叩く。
「さすが嶺宮、迷いがねぇ」
「奈月の蹴りは惚れ惚れするわねぇ」
「五月蝿かった」
 それらの言葉を聞きつつ、演劇部副部長嶺宮奈月はにこやかな笑顔で手を振った。3人の後ろにいる女生徒たちの歓声(きゃー! 嶺宮先輩かっこいい!)(奈月、こっち向いてー!)に応えるためである。
「つーか、何なわけ。その深夜の通販番組みたいな妙なノリ」
 起き上がった斎雅に向けて問いを放つと、力強いまなざしで答えた。迷いのない澄んだ瞳で、とてつもない決意を秘めたような顔で。
「マイブームだ!」
 答えた瞬間、奈月の足蹴りと雪耶の裏拳が斎雅にヒットした。崩れ落ちる斎雅を踏みつけながら、二人は罵倒の言葉を浴びせかける。
「だから昨日呼び出したわけあんた」
「わざわざ! 深夜番組を見せるためだけに!」
 夜更かしは美肌の大敵なのに! と憤慨する二人の言葉に、斎雅は呻き声の合間に「だって面白いじゃないか! ケビンとメアリーがいい感じだったのに、次の週には当たり前のようにケビンじゃなくてジャックがいるとか、何があったのか気になるだろう!?」などと言っていた。

 

013:深夜番組 文字書きさんに100のお題