Note No.6

小説置場

シャム双生児

 おだやかな、午後の昼下がりだった。ワンフロアぶち抜きの部屋には、住人である静貴はもちろん、同じくマンションに住んでいるメンバーが顔をそろえていた。特に申し合わせたわけではなかったのだが、気づくとこうして部屋に集合している、ということが多々あった。大体において、その理由は簡単なものだったが。
「んー、やっぱりハルトさんのケーキって最高!」
 フォークを片手に、顔いっぱいに笑み浮かべたミヅキが叫ぶ。隣にいた士音も、無言でこくこくとうなずいている。
「ははは、ありがとう」
 言われた本人は、丁寧な動作で湯飲みにお茶を注いでいた。洋菓子だろうと、飲み物はほうじ茶を所望するじいさんのためである。
「おれ、好きだわ、やっぱり。ハルトさんのケーキ」
「ほっほ、お前さん甘いもの嫌いなわりに、ハルトのケーキはよく食うの」
 わしにくれてもいいんだぞ、ほれほれ、などとじいさんが手を出す。しかし、仲介屋は思いっきり舌を出して拒否した。それを見ていた結人が「まだありますよ」と告げ、ハルトも「好きなの食べてよ」とにこにこ答えた。
「あー、じゃあ俺そのチョコのがいい、美味そう」
 一つ目のケーキをぺろりとたいらげた静貴は、何だかんだとやりあっている仲介屋とじいさんを気にも留めず、次のケーキを選んでいる。気づいた二人が「わしも選ぶ!」「禁止だぞ、抜け駆けは!」と叫ぶ。
「結人は? もういい?」
 三人の喧騒など気にも留めず、陽だまりのような穏やかさでハルトが尋ねる。結人は小さくほほえんで首を振った。
「はい。とても美味しいケーキでした、ありがとうございます」
 背後で繰り広げられる、希望のケーキ争奪戦など存在していないような顔をして、二人はにこにことほほえみあっている。結人とハルトにとっては、こんな戦いなど日常茶飯事なのである。恐らくこれから、ミヅキと士音も参戦するだろうが、それすらも。
「カホさんとミオさんは――まだラボかな」
 ここにはいない双子の姉妹を思い浮かべて、ハルトが口を開く。彼女たちの分のケーキも持ってきたし、声もかけたけどやって来る気配がないし、冷蔵庫に入れておこうかな、ということなのだろう。それを察して俺が入れてきましょうか、と結人が腰を浮かしかけたのだけれど。
「あらあら、にぎやかね」
「あらあら、楽しそうね」
 ベストタイミングで部屋の扉を開けたのは、話題に出されていた双子の技術屋・カホとミオ姉妹である。長い黒髪を無造作に一くくりにし、白いタートルネックにジーンズという、完全に同じ格好をした二人はまさしく鏡に映したようにそっくりだった。
 ソファに座った二人に、ハルトがケーキを差し出し、結人が紅茶を注ぐ。優雅な手つきで、大体決着がつき始めている(もちろん士音の一人勝ち)争奪戦を眺めつつ、双子の片割れが口を開いた。
「そうだわ、結人。少し、調べ物を頼みたいのだけれど」
「はい、何ですか。俺に出来ることなら」
「この人物についてなんだけれど」
 もう一人が差し出した紙に目を通しながら、結人は傍らに置いてあったノートパソコンを引き寄せる。スリープモードから切り替わったパソコンを前にして、キーボードへ指を滑らせた。
「大まかな経歴なんかは知っているから、裏の趣味について特に詳しく知りたいの」
 ハルトのケーキは美味しいわねぇ、とのんびり笑っている双子の言葉を聞きつつ、結人は自分のパソコンで瞬く間に情報を引き出していく。二人が知りたいという人物は、世界中に支社を持つ、巨大企業の現地出向機関を束ねる管理室の室長だった。各国にコネを持ち、語学も堪能で、芸術品に目がないという人物である。出身地から休日の過ごし方、自室にある本棚の並びまで調べ終えた頃には、他のメンバーも争奪戦を終えていた。わらわらと集まり、カホとミオに話を振ったり、結人の調べ物を眺めたりしている。
「そのノートって、お前のじゃねぇの?」
 結人が操るパソコンには、見慣れたロゴが刻印されている。いかにも既製品然としたパソコンであることを不審に思い、静貴が尋ねたのだ。何せ、結人の自室(下の階の半分)には、自作のOSを積んだ一大パソコンルームが築かれているのだ。そんな男が、いくらカスタマイズしたとしても既製品で満足出来るはずがない、と踏んだのだ。
「これは俺のだよ。自作。ただちょっと、カホさんとミオさんに、普通っぽくしてもらっただけ」
 外で使う時、いかにも自作っぽいと目立つから、と続ける。双子の姉妹は「そういうことよ」「カモフラージュね」とうなずいている。その間にも、結人は大体の情報を手に入れたらしい。
「表向きは美術品の収集が趣味ということになっていますが、実質は人体収集が趣味みたいですね」
 何の表情も浮かばない顔で、結人は続ける。いわく、身体表面積4分の1に刺青をした皮膚、オッドアイの目やアルビノの髪や肌、無脳症の胎児の標本――そういう類のものを、その手の業者から買い付けているらしい。
「随分ステキな趣味をお持ちで」
 皮肉っぽい笑みを浮かべた静貴が、言葉を吐き捨てる。人体なんぞ集めて一体何が楽しいのか、静貴にはまるでわからない。ただの気色悪い趣味だとしか思えなかった。
「まあ、これだけでも表向きに隠しておきたい気持ちも分からなくはないですが、もう少しきな臭い理由もあるみたいですね」
 モニターを一通り眺めていた結人が言えば、双子はにこやかな笑みを浮かべた。艶やかではあるものの、決して人を和ませるものではない。人を化かすという狐が浮かべる笑みは、きっとこんなものだろう。結人はゆっくりと口を開く。
「収集しやすくなるように、意図的に事故や事件に巻き込んでいる可能性が高いです」
 お二人とも、知っていたでしょう? 苦笑しながら尋ねられても、双子は肩をすくめるだけだ。そう簡単に尻尾を出すような二人ではない。
「カホさん、ミオさん、もしかしてこいつになんか頼まれたの?」
 好奇心一杯、という顔で尋ねるのはミヅキだ。隣の仲介屋は、「思い出した、それって、俺が言った、この前のヤツ?」とつぶやいていて、双子の片割れが大仰にうなずいた。
「そうよ。これを作ってくれと、言われたの」
「誰にも気づかれないまま、気化した薬品を室内に散布出来るのよ」
 言って取り出したのは、装飾の見事な置時計だった。二人の説明によれば、薬の類を中に入れておけば、家人も知らない間に薬が部屋中に撒かれ、時間をかけて効果を上げるものらしい。
「これを使う相手に、心当たりがあるの」
「次に狙う人間に、見当がついているの」
 にこやかな笑みを崩さないで、双子は言う。艶やかでありながら毒々しい、いともあざやかな微笑。絡み取られるような、質量を持った声音で告げる。
「彼が欲しいのは、シャム双生児よ」
「ロシア生まれの、シャム双生児よ」
 同じ色をした声で紡がれた言葉に、士音が首をかしげた。ミヅキも「なにそれ」とハテナマークを浮かべているし、ハルトも不思議そうな顔をしていた。それらを見て取り、結人はとうとうと言葉を並べた。
シャム双生児というのは、結合双生児のことですよ。身体の一部が互いに結合している双子ですね。一卵性双生児に見られるもので、受精卵の分裂時期や遺伝子の発現異常などによって起こります。結合場所は腰や頭、胸などがあって、それぞれ場所によって分類されています。――ちなみに、シャム双生児のシャムとは、現在のタイの国名のことですね。タイつまりは、シャム出身で胸部結合の双生児だったチャン&エン・ブンカー兄弟の興行名『The Siamese Twins』に由来した名前です」
 特別に検索をかけたわけでもなく、かといって書物を開いたわけでもなく、当然のような顔をしてするすると情報を引き出す。よどみなく説明を終えると、ハテナを浮かべていた面子は納得したし、それ以外もなるほど、とうなずいている。双子だけが、さすがは結人ね、とほんのり笑みを浮かべていた。
「ロシアには、幼い姉妹のシャム双生児がいるのよ」
「とても美しいと、評判のシャム双生児がいるのよ」
 だからきっと、彼女たちが欲しいのね。ロシアで流行りの飾りだもの。時計を撫でながら言う双子の姉妹は、落ち着いた顔で言葉を続ける。何だかとても楽しそうに、あざやかな笑みのまま。
「それなら、邪魔をしてあげないと」
「きちんと、わからせてあげないと」
 にっこり、とお手本のような笑みを浮かべる。純粋な愉悦にまみれた、大層あざやかな、心奪われるほどの。しかし、その笑みの意味を、この場所にいる人間は全員が理解した。
 それは、取っておきの獲物を見つけた時の二人の目だ。思いのままに甚振る相手を見つけた時の、嗜虐性溢れるまなざしだ。しょっちゅうその標的になっている静貴は、心から俺じゃなくてよかった、と思っている。
「しかし、それって珍しいな。カホさんとミオさんが、助けるとか、誰かを」
 つくづく、といった調子で言うのは仲介屋だ。確かに、双子が誰かを貶めたり遊んだりするならまだしも、命を助けようとするだなんて、ほとんどないことだ。ここにいるメンバーのことでさえも、面白そうでなければさっさと見捨てる双子なのだから。
「あ、もしかして双子つながり? カホさんとミオさんも双子だしー」
 思いついた! という顔で、ミヅキが手を叩いて叫ぶ。顔いっぱいに笑みをたたえて、はちきれんばかりの輝きをたたえている。その言葉に、カホとミオはわずかに視線を交し合ってからうなずいた。
「そうね。私たちと同じ、双子だもの」
「そうね。私たちと同じ、シャム双生児だもの」
 あざやかで濃密な笑みだった。とろりとしていて、粘つくような笑みだった。目も覚めるほどの鮮烈さと、何もかもを覆い尽くす質量を持っていた。思わず言葉を失っていると、その空気に気づいたらしい双子が笑い声を吐き出す。
「――なんて、冗談に決まっているじゃない」
「大層気に食わない男だったというだけの話よ」
 同じ双子ということもあるけれど、と続けながら言い切る。ミヅキや仲介屋は、なんだ冗談かぁ、と笑っているし、当のカホとミオも、早々に妨害計画を練っている。何もなかったように流れていく会話を聞きながら、静貴は小さく問いかけた。
「おい、じじい」
 先ほどから一言も発しないじいさんを呼ぶ。唇に笑みを刻んで「何じゃ」と答えるが、黄縁のサングラスの奥の目は見えず、表情は読めない。
「カホとミオのあれ、本当か」
 双子よりも年上の人物は、ここにじいいさんしかいない。無駄に長生きで、生き字引のような存在なのだから、事の真偽はわかるだろう。シャム双生児の話など、聞かないはずがない。じいさんは、じっと静貴を見ていた。サングラスの奥から、視線を注いでいた。それからすぐに笑みを浮かべた。
「ほっほ、そんな昔のこと覚えてないに決まっとるじゃろ」
 じいさんは呑気な笑い声を上げながら、わしも混ぜろー、と妨害計画に合流していく。その背中を、静貴は見つめている。嘘であるとも事実であるとも、どちらの答えも返さなかったじいさんの背中を。

 

016:シャム双生児 文字書きさんに100のお題