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Note No.6

小説置場

ハーモニカ

 リーズスタレット家の双子の恐ろしい所は、その類稀なる行動力だと思う。やると決めたら貫き通す意志の強さや、綿密に実現性の高い計画を練る頭など、その他色々あると思うが、やはり恐ろしいのは「思い立ったらすぐ実行」という、無駄なまでの機動力の高さだろう。
「だからって何でお前らここにいるんだ」
 一ヶ月ほど借り上げたボロアパートの扉を開けたら、大変見慣れた顔が二つ並んでいたのだ。そうも言いたくなるだろう。しかし、当の本人たちは至って気にした様子もなく、にこにこと俺の疑問への答えを口にしてくれた。
「変なこと言うのね、アル」
「せっかくソルフィリヌールまで出てきたんだし、会いに来ない道理がないよ」
 にこやかにリオンが言い切るので、二週間ほど前の自分を全力で殴りに行きたくなった。今なら間に合う、ソルフィリヌールで行われる一大蚤の市に行くなんて書くな。
「学校も丁度休暇中だし、丁度良かったわ」
 ほがらかな笑みのリラが言うように、現在ファクジエールは長期休暇に入っている。それは知っていたが、親元に帰るための期間なんだから、ヘイレイに帰ったと思ったっておかしくない。だってアートエル・リーズスタレットとラディアン夫人が絶対帰省楽しみにしてるし、こいつらラフィに会うために飛んで帰りそうだし、アランとのいざこざもなくなったんだから憂いもないだろうし。
 どこで読み違えたんだろう、と考えていたらリオンが口を開いた。それはもう輝かしい笑みで、直視するのがまぶしいほどのきらめきで。
「アルが来るからって伝えたら、快く許可してくれたよ。帰る時期が遅れても構わないって」
「……」
 思わず遠い目をしてしまった。そうだった、最近離れてたから忘れてたけど、あの人たち俺が絡むと若干おかしくなるんだった。
「そういうわけだから、覚悟してね、アル!」
 先ほどのリオンと同じような笑みを浮かべて、リラが力強く言い切る。本気を出して逃げたら、たぶん上手く逃げ切れる。それはわかっているんだけども、しかし。根気もあるしめげない性格なので、とんでもない場所まで入りこんで俺を探し出そうとする危険もある。危ないことに首を突っ込む可能性が高いから、そんなに逃げ回るのも得策ではないだろう。頭の一部でそんな声がするのだけれども。
 裏も表もなく、ただ楽しみで仕方ないと笑う双子を見ていたら、逃げるという選択肢なんて、早々になくなってしまった。だって、そんな風に笑うのなら。作られた笑みではなく、心から目の前の全てを楽しんでいるなら。子どもらしく笑ってくれるなら、その手助けなんていくらだってしてやりたいのだ。
「……しかしお前ら、よくここ見つけたな」
 別に隠してはないし、変装とかもしてないけど。だからって住所を伝えてたわけでもないし、大っぴらに喧伝してたわけでもないのに。疑問に思って尋ねるが、双子は誇らしげに胸を張って答える。
「そんなの簡単よ。アルが、蚤の市に行くのは仕事だって聞いてたもの」
「掘り出し物や希望の品を見つけて、納品するっていう内容も聞いてたしね」
 一ヶ月をかけるということから、ある程度の嵩になるだろうということは予測したらしい。
「それで、アルなら商品の保存にはすごく気を遣うから、別に保管場所を用意すると思って」
「だけど自分のことはどうでもいいって考えるでしょ?」
 なので、蚤の市付近の一番安い賃貸物件を探したという。絶対自分の住居には金をかけない、と踏んでいたらしい。大当たり過ぎる。
「うわー大正解なんですけど。何お前ら、いつから探偵になったの」
「たぶん、実家にいた頃の家庭教師の影響かな」
「そうね。随分手癖悪かったものね」
 そ知らぬ顔で並べ立てるのが誰のことか、わからないはずがない。いやまあ、否定しないけど。復讐方法とか反撃の仕方とか一緒に考えたの俺ですけど。
「まーでも、せっかくだし。蚤の市見に行くか」
 こうなったらもう観光するしかないだろう、と思って誘ってみる。案の定双子は大変乗り気だった。見たい店があるんだ! とリオンが叫んだかと思うと、リラが問答無用で手を引いて走り出す。
 二人に連れて来られたのは、細かな刺繍が見事なハンカチや、豪奢な飾りが施されたしおり、細工物のグラスなどが並ぶ店だった。一つ一つの手が込んでいて、実用品にもなるだろうが、観賞用としても充分堪え得るものだった。数ある店からここを選ぶとは、中々目利きの才能もありそう。
「ここでお土産を買って行こうと思うの」
 きらきらしたまなざしでこちらを見上げて、リラが言う。家族への土産なんだろうな、ということはすぐに理解出来た。二人はあれでもない、これでもないと吟味をしながら、時々俺に助言を求めてくる。残念ながら、美的感覚には乏しいので有益なものではなかったけど、ちゃんと双子は汲んでくれている。
 しばらくその様子を眺めていたのだけれど、ふと気づいた。どうやら、家族だけに留まらず別館の使用人たちにもお土産を用意する心積もりらしい。ディール執事や、フィイオさんの名前も聞こえる。
「……お前らの分は買わないのか?」
 色々と吟味しているが、お金が足りるのか心配だった。いくら金持ちの子どもとはいえ、そこは健全思考のアートエル・リーズスタレットが父親である。案の定、双子は自分たちの分を買うお金はないらしかった。「アルに会えたし」「それで充分よ」なんて言っているけど。
「よし。じゃあ、お前らには俺が何か買ってやるよ。何がいい?」
 そんなことを言われて黙っている訳にもいかないのでそう言えば、本気でびびられた。「お金あるの!?」って絶叫してるけど、お前らに土産買う金くらいあるわ。今回の仕事前金もらってるし。
「えーと……それじゃ、これがいい」
 妙な所で慎み深い双子は、最初こそ遠慮していた。しかし、俺が折れる気のないことを察すると、早々に切り替えて土産選びを開始した。どうやら、元々目をつけていたようで、すぐに決まる。双子が差し出したのは、二つのハーモニカだった。金と銀が一つずつ、側面には蔦模様と鳥の蒔絵が施されていて、中々のお値段。いや、払えるけど。払えますけど。
「お前ら、ハーモニカ出来るの?」
 しげしげ眺めつつ聞いてみる。吹くだけなら息を吹くか吸うかすれば音は出るだろうけど、演奏するには一応練習が要るだろう。ピアノとか習ってるし出来るんだろう、と思ったのだが。
「え。出来ないよ」
 あっさりと首を振られた。あれ、そうなの?
「じゃあ、観賞用とか?」
「吹くわよ」
 何を言っているのか、という顔をされた。練習するに決まってるじゃない、とも。
「だってアル、これで練習したら絶対アルのこと思い出すんだよ」
 ハーモニカへ視線を注いだリオンが、きっぱりと言いきった。凛としたまなざしで、胸をつかれるような強ささえ持っている。続くのはリラだ。同じ響きを持った声をして、言葉を紡ぐ。
 練習するたびに、奏でるたびに思い出すわ。お父様たちの前でだって、何度も吹くわ。ハーモニカの音が響くたび、みんなアルを思い出すの。その時アルはいなくたって、一緒にいるのよ。今隣にいるみたいに。
 一息に言い終えたリラがこちらを見る。真っ直ぐとした視線で、笑みをたたえた唇で、音楽を奏でるように声を乗せる。
「お土産って、今この瞬間を持って帰るってことでしょう?」

 

018:ハーモニカ 文字書きさんに100のお題