読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Note No.6

小説置場

Star dust

 空の綺麗な夜だった。


 夏期講習の帰り道、生温い空気を掻き分けながら自転車をこいでいた。授業の最後に出された数式の答えが、どうしても合わない。あっちこっちを引っくり返して、代入してみたけどいまいちわからない。帰ったらもう一回見直してみるか、と思いながら日向は我が家への道を辿る。
 受験生にとって夏は正念場! と口を酸っぱくして言われているので、何だか焦ってしまう。自転車に乗っている時間くらい、気持ちよく風を切って走っていたいのに、それすらも許されない気がしてくる。とは言っても、実際問題多少は焦らないといけないのも事実だ。文系はそれなりに出来るが、理系がやや危険という、わりと受験生でも型通りの悩みを日向は抱えている。ただ、型通りだろうと何だろうと、日向にとっては一大事である。昔から算数は嫌いだったけど、数学になってからよけいにわけがわからない。このまま行くと、数字を見ただけで吐き気でも催すんじゃないかと、ちょっと本気で思っている。
 乾いた地面を自転車が走る。腕時計をちらりと眺め、時刻を確認する。どうせ今日も両親は遅いだろう。ただ、弟は何やら姉が今忙しい、ということを理解しているらしいので、憎まれ口を叩きながらも夕飯は用意してくれている可能性が高い。弟曰く「最近料理に目覚めただけ」らしいけど、日向の受験態勢が整っていくにつれて目覚めてくれたらしい料理熱の符号については、せっかくなので黙っておこう、と決めていた。
 やたらと忙しい両親の元で生まれ育ったため、子どもたちはある程度のことが出来る。弟はおそらく、同年代の女子よりよっぽど家事は出来るのではないだろうか。そういうわけで、夕食と共に待っているであろう家へ急ぐべく、日向はペダルをこぐ足に力をこめた。
(あれ?)
 家へ帰る途中にある公園へ近づいた時、公園の中に見慣れないものを発見した。赤い点が宙に浮いている。あんな変な街灯があるわけないし、警備用ランプの光にしても、まさか公園の真ん中にそんなものがあるわけない。
 自転車を止めて、むっとするような緑の間から公園内部をのぞきこむ。変な人が何かしていたなら速攻逃げよう、とペダルに足はかけたままで。
 しばらく公園の中を見つめていた日向だったが、少ししてふっと肩の力を抜いた。大きく息を吐き、思わず苦笑めいたものが浮かんでしまう。身構えていたのが阿呆みたいだ。
(何だ、煙草か)
 公園の中に灯っていた赤い点は、どうやら煙草の火らしかった。吸っている人間の顔は見えないけれど、男の人のようだ。ぼんやりと空を見上げていて、日向のことには気がついていない。
 日向はそっとペダルを踏み込み、公園から離れる。まったく、まぎらわしいことをしないでほしい、と思いつつも、仕方ないのかな? とも思っていた。歩き煙草じゃないだけマシだし。子どものいる公園だったら最低だけど、夜だし誰もいないし。
 そういえば、と日向は空を見上げた。あの人は何を見ていたんだろう、と夜空へ目を向けた。
「……天の川?」
 思わず言葉が零れ落ちる。都会じゃないからネオンが輝いているわけじゃない。でも、田舎というには人が多すぎる場所だから、澄んでいるとも言えない。だけれど、冬の冴えた空気ではないのに、その日の空はやけにはっきりと、星の光をまたたかせた。