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Note No.6

小説置場

光をはなつ

長編―登場人物

 まぶしいな、と湊は思った。カーテンを閉め忘れたまま眠りこけて、太陽が天辺まで昇ってしまって、だからこんなに光がきついのだろうか、と思いながらベッドからおりる。目をこすりながら壁の時計へ目をやるが、ぼんやりしていてよく見えない。時計の輪郭はわかるのに、文字盤は滲むように揺れていて読めなかった。
 何の気なしに振り返り、窓の方を見て愕然とした。光が、視界いっぱいに広がる。窓が見えない。そこにあるのは光の固まりで、太陽が空から隣に引っ越してきたような気さえした。目のくらむような強い光、サーチライトで部屋を照らされているんじゃないかと思うほど。後ずさり、タンスに体がぶつかる。そんなに広い部屋ではない。徒歩三歩以内で大体どこにでも辿り着ける自分の部屋。それに思い至り、手探りで部屋を出た。光で埋められた視界では、マトモにものを見ることなど出来ない。
 ああ、そうか。部屋のノブに手をかけて出た時、唐突に理解した。居間へと続く廊下に立ち、どうにか光を遮ろうとかざした右手をそのままにして、未だ光から解放されない目に、やっと気がついた。とうとう、あの日がやって来たのか。この日は突然やってくるのだと思っていたけれど、そういうわけではないらしい。ある日突然全てが闇に閉ざされてしまうのだと、そう思っていたのに。
「――はは、案外、やさしいところもあるのかなぁ」
 一体何がやさしいのか、自分でもわからないのに。湊は自嘲するでもなく、心からの笑みをこぼして、壁伝いに歩いていく。驚かせてしまうだろうけど、一人では病院にも行けやしない。手をわずらわせるけれど、連れて行ってもらわなくちゃ。
 今日は確か母さんがいるって言ってたし、最近過保護になってきた姉さんもいるだろう。きっと、悲しそうな怒るような顔をして、だけど何でもないような口ぶりで「行くよ」と言うのだろう。簡単に予想できるから苦笑が浮かんでしまう。
 どうにか端まで辿り着き、冷たいドアノブに手をかけた。ぐっと力を込めて、眩しい光にくらみそうになりながら足を踏み出す。おはよう、という朝の挨拶は不自然な歩き方をする湊の姿に消えてしまったから、湊の方から明るく言った。それから、挨拶の続きみたいに当たり前の顔をして言葉をつなげる。
「おはよう。あのさ、眩しすぎて何も見えないんだ。病院に連れていってほしいんだけど」
 ばたばたと、空気が騒がしくなるのがわかった。どんな顔をしているのか、湊の目ではもう判別がつかない。最初は輪郭程度ならば認識できていたのに、今ではほとんど全てが光の中に埋もれてしまっている。悲しそうな顔をしているだろうか? 泣きそうになっているんだろうか?
 もしそうだったら、と湊は思う。もしそうなら、そんな顔をしなくていいのに、と伝えよう。だって、この目には光がたくさん溜まっている。周囲の光景は、みんな光の中にある。目も開けていられないほど、くらんでしまいそうなほどの光をはなつ。世界がこんなに綺麗だと、今まで俺は知らなかった。こんなに美しい世界を俺は見ているから、泣かなくたっていいんだよ、と伝えよう。