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Note No.6

小説置場

夜想

 ゆっくりと日が沈んでいく。太陽は地上に別れを告げ、次第に小さくなって仕舞いには見えなくなる。辺りにはまだ残り日が漂ってはいるけれど、反対側の空はうっすらと藍に染まっていた。
「――夜が来るね」
 つぶやいた僕は、君の方へ振り返る。人気のない公園で、ゆらゆらとブランコに揺られる君。何も言わないけれど、声が聞こえていないわけじゃないだろう。
「夜が来るよ」
 もう一度、確かめるように僕は言った。太陽が姿を消し、全てが闇に覆われる夜が来る。確かな安寧。僕たちのゆりかご。全てをさらけ出す太陽の光も、ここまでは届かない。
 僕は君の元まで近づくと、しゃがみこんで君を見上げた。黒々とした瞳がまっすぐと僕を捕まえる。茫洋としているように見えて、周囲の様子を何もかもその目に映し出す君。明るすぎる世界で、全てがくっきりと映る世界では、きっと君の心は摩耗してしまうから。この暗闇が君にやさしいものであることは道理だ。やわらかく覆い尽くして、やさしい目隠しを施してくれるのだから。
「ずっとこのままだったら良いのにね」
 細い息と共に君は言う。少しだけ笑うような顔をしたのは、きっと僕のためだろうと思う。君はそういう子だ。無意識の上で、笑顔を作ることが出来るし、相対する誰かのために心を折ることが、息をするように自然に出来る。
「そうだね」
 僕は心からうなずく。ずっと世界が暗闇に閉ざされてしまえばいいのに。全てを照らす暴力的な光が、世界からなくなってしまえばいいのに。夜に沈んで、朝なんてなくなってしまえばいいのに。そうしたら、きっと君は泣かなくて済むのに。
 君は笑った。吐息に溶けるような、ふうわりとした、やわらかくてやさしくて、どうしようもなく諦めきった笑みだった。
 だって君は知っている。いくら望んだっていくら願ったって、朝はやって来てしまうことを。どれだけ祈ったってどれだけ叫んだって、夜はいずれ去ってしまうことを。悲しいくらいに理解している君は、それでも同意する僕の心を汲み取ったのだろう。君の言葉を、君の心を、寸分違わず余す所なく受け入れたいと願う僕の心を。だからきっと、こんな風にやさしく笑う。
 僕はそっと手を伸ばした。すがりつくみたいに、ブランコの鎖を握りしめる君の手を、上からぎゅっと包む。君はわずかに身じろぎしたものの、拒絶することはなかった。だけれどどこか不思議そうな顔で、僕を見つめている。
「何度だって、僕と逃げよう」
 大丈夫だよ、とは言えなかった。だって何一つ大丈夫なことなんてなくて、僕たちは無力なままだ。立ち向かう手段もなく、朝を殺すことも出来やしない。いくらあがいた所で、いずれ夜は失われて朝を迎えなくてはならない。だから、僕に言えるのはこれだけだ。
「何度だって、朝から逃げ出そう」
 僕たちはいつだって、朝から逃げ出そうともがいている。成功した試しはないけれど、それでもこれだけは確かだ。朝は希望の象徴だと、言った誰かがいるとしても、僕たちにとって朝は捕まってはならない相手でしかない。
「一緒ならどうにかなるさ」
 ねえ、と僕は告げる。だって君も知っているだろう? 確かに一度も成功したことはないけれど、それでも同じくらいに確かなこともある。ねえ、そうだろう。僕たちは何度でも、二人一緒に何度だって、吐きそうな朝を越えてきたじゃないか。