Note No.6

小説置場

月の目覚め

 昔から自分の顔が嫌いで仕方なかった。両親や周りの人が褒めてくれるのは嬉しかったけど、それでもやっぱり嫌だった。だって、知らない誰かに「かわいいわねぇ」なんて言われるし、ナンパされるし「お嬢さん」って言われるし、電車に乗ると痴漢にあう。(突き出した痴漢の数は一ダースを越えたと思う)
 男としてこれほどの屈辱はないと思う。だから筋トレとかしてみたのに全然筋肉つかないし、第二次成長期にものすごく期待してたのに、思いっきり裏切られた。背は伸びないし筋肉つかないし体毛は薄いまんまだし、中学を卒業する頃になっても男らしさなんて微塵もなかった。
 だけどそのおかげで、名門高校に入れるっていうなら、全力で自分の顔に感謝しようと思う。ありがとう父さん母さんの遺伝子!
「……とは思うんだけどなー」
 昨日届いた箱を開けて、来週から自分が着ることになる制服を取り出してみる。その辺の高校生がよく着ているようなブレザーではなく、西洋の御伽噺に出てきそうなワンピース。丸く膨らんだ袖に、大きな白い襟、胸元の赤いリボン。裾の広がったスカートは長くて、いい所のお嬢さんって感じだった。
「これを着るのか……」
 覚悟はしたつもりだったけど、いざ目の前に実物が来るとやっぱりためらってしまう。毎日これを着て生活するって、ものすごい効率的なイヤガラセだと思う。しかもストッキング履くんだよな……と思いつつ、もう一度制服を眺める。いくら眺めた所で何が変わるってわけじゃないけど。
「おー、制服来たのか」
 制服を睨みつけて考え込んでいたら静貴たちが帰ってきたらしい。居間に広げた制服は邪魔だろうと片そうとしたけど、静貴がまじまじ眺めているのでそのままにする。興味あるのか?
「なあ、ちょっと着てみねぇ?」
「……! ……!」
 後ろにくっついて帰ってきた士音もこくこく、とうなずいで俺を見ている。きらきら、と何かを期待した目をしている。
「……結局毎日見ることになるんだし。大体、俺の女装見たって楽しくないと思うけどなぁ」
「楽しい楽しいチョー楽しい。な、士音!」
 力強い笑顔でな、と声をかければやっぱり楽しそうに士音が言うから、まあいいか、と思う。こうやって背中を押されないと、明日の朝も悩みそうだしな。
 着ていたシャツをさっさと脱いで、制服に袖を通す。やっぱり生地がいいからなのか、ものすごく肌触りがよかった。どうにか後ろのジッパーをあげて、明日からは髪もおろすので、ゴムも引っ張って取った。手櫛で適当に髪を梳いて、ぴしりと立つ。姿勢だけは母さんや静貴のおじさんに教育されたおかげで、結構様になっている、はず。
「……」
「……」
 静貴と士音は何も言わない。沈黙だけが落ちて、俺は段々いたたまれなくなる。何だよ、どうせなら笑い飛ばしてほしいのに。よっぽど変なのか、と一縷の望みを託して思ってみたけど、この沈黙はそうじゃないだろう。
「……変か?」
「……変だと思うか?」
「変であってほしかった……」
 前に置かれている姿身に映る自分の姿を極力見ないようにしてたけど、狭い部屋ではそうも行かない。どこにいたって見えてしまう。だからさっきから自分の姿はよく見えているのだけれど。
「詐欺だよなぁ、つくづく」
「ゆいと、きれい!」
 感心したように言うのは静貴で、満面の笑みを浮かべて褒めてくれるのは士音。悪気がないのはわかるけど、別に綺麗じゃなくてよかったのに。
「お前が男だって思うヤツがいたら、それこそ変だろ」
「やっぱりか……」
 さっきから薄々思ってたけど、ていうか着る前から予想だけはしてた。
 昔から自分の顔が嫌いで仕方なかったのは、どうしようもないほど俺の顔は女の子だからだ。俺は考えることも意識も何もかも、普通の男と何ら変わりはない。なのに、顔だけを取ってみると男だっていうことの方が冗談に思えてくる。間違っても自分の顔にどきりとすることはないけど、ふとした時に鏡で自分の顔を見て、「そりゃあこれが男とは思わないだろうな……」と納得できてしまう自分が悔しい。
「しかしまあ、よくやるよなー江田島の野郎」
 制服と一緒に入っていた鞄やら靴やらを取り出しつつ、静貴がつぶやく。江田島というのはこの取引を持ちかけてきた張本人で、静貴を追い出した人間で、それでもって借金相手でもある。
「嫌だったらやめてもいいんだぜ? 女装なんてしたくねーんだろ?」
「そりゃな。でも、授業はすごく受けてみたいし。借金半減はでかいだろ」
「そうだけどさ」
 何もお前を犠牲にしてまで借金返してえわけじゃねーんだよ、と言う静貴は本音からのものだろう。俺はくすり、と笑う。そうやって言う静貴だからこそ、心底力になりたいと思う。
「いや、俺の女装くらいで半額浮くなら、そっちのがいいって。学校自体は楽しみなんだし」
 女装を貫き通す、という妙な条件さえついていなければ。江田島さんはピンポイントで俺の精神的弱点をついてくるからまったく困る。静貴と士音は複雑そうな顔をしているけれど、少ししてから笑った。
「……にしても……『最上結』か。偽造で戸籍まで作って、女の学生証作るんだから念入ってるよなー」
「あぶなくなったら、すぐにげるんだよ?」
 真剣な目で士音が言い、ぎゅっと両手を握るのでうなずく。危ない目にあいそうになったらそりゃ逃げるけど……何だ危ない目って。と思ったのが分かったのか、静貴が学生証を持ったままでにやり、と言った。
「ま、貞操にだけは気をつけるんだな、結さん?」