Note No.6

小説置場

待つ日

 あらあなた、転入生なのね。それじゃあ、ご存じないでしょう? どうしてこんなに朝早くから、こんな所にいるのか、不思議そうな顔をしていますもの。ええ、こんな所――空き教室にわたくしたちが集まっている理由、なんて想像がつきませんものね。
 仕方ありませんわ。みなさま、あまりおいそれとこの場所のことを口に出したりしませんもの。だから、あなたってとても幸運なのですよ。しっかりと心に留めておいてくださいませ。
 まだ後もう少しあるのね……え? ああ、ごめんあそばせ。まだ説明をしていなかったかしら。わたくしたちがここにいるのは、至極簡単な理由ですわ。人を待っているんですの。
 あらあら、そんな不思議そうな顔をなさらないで。こんな大人数で一体誰のことを待っているのかしら、というお顔だわ。その気持ちもわからなくはないけれど――わたくしも、最初はそう思っていましたもの。偶然辿り着いた方だけに許される、極上の瞬間に出会えるのがここだけだなんて、誰も知りませんものね。
 え? せっかちなお方ねぇ。誰を待っているのかを早く教えてほしいだなんて、その気持ちはわかりますけれど。……そうね、あなたもきっと知っていると思いますわ。とても有名な方だから。
 最上結さまって、おっしゃいますの。もうこの名前を口にしただけで胸が高鳴ってしまいますわ! 素敵なお名前ですもの、声に出しただけで痺れてしまいそう……あら、不思議そうなお顔ね。まさかとは思いますけれど、結さまをご存じないとか……。
 なんてこと! ああ……立ちくらみが……ああ大丈夫です、支えてくださって……ありがとう……いえ、少し驚いてしまったから。
 ……まさかとは思うのだけれど、あなた本当に結さまをご存じないのかしら。ええ、名前に覚えがなくても、「月の女神」と謳われる方なのよ。一つ上のお姉さまなのだけれど、正しく月の光を集めたように、お美しい方なのですけれど。
 まあ、思い当たるのね! よかったわ! まさか、結さまをごご存知ではない方なんて、いるはずがなかったんだわ! いえ、仕方ないことです。結さまはお名前よりも、「月の女神」という呼び名が大変有名ですから。ふふ、それも仕方のないことではありますけれどね。だって、本当に月から降りていらっしゃったような方なんですもの――……。
 え? あら、まだお話していなかったかしら。どうしてこんな所で結さまを待っているのか、だなんて。ええ、簡単なことなのですよ。
 結さまはあんなに美しくいらっしゃいますけれど、自分の美しさを鼻にかける所など毛頭ございません。それ所か、真の価値を理解していないという素振りさえあるんですの。……そこが結さまのいい所なのですけれど。
 でも、そのような理由があるので、結さまはちやほやと騒がれたり、注目されたりすることがお好きではありません。あからさまに迷惑だ、とはおっしゃらないけれど、困惑してしまうのですわ。その恥じらった様子は、地上におけるどんな絵画でも表すことは出来ません。羞花閉月、結さまの前では花の色さえ褪せてしまいますし、月でさえも霞んで見えるほどですわ。ええ、結さまが花そのものであり、月なのですからいたし方ありません。
 ……あら、話がズレてしまいましたわ。申し訳ありません。ええ、ですから結さまは目立つことがお好きではないのです。それなのに、わたくしたちが周りに群がって騒ぎ立てては、結さまはお困りになるでしょう。表立って止めてほしい、などと言う方ではありません。とても心根の優しい方ですから。
 それなら、わたくしたちは自分から遠ざからねばなりません。結さまのお心に沿う行動を取ること、それこそが美しさに心を奪われてしまったわたくしたちに出来ること。ええ、間違いありません。この思いはきっと結さままで届いていることでしょう!
 え? つまりはどういうことなのだと、せっかちな方ねぇ。そんなことでは、結さまに嫌われてしまいますわ――いえ、結さまが人を嫌いになることなど、よほどのことなのですけれど。
 つまり、わたくしたちは、早朝登校してくる結さまをお待ちしているのです。毎週水曜日、結さまは随分早く家をお出になります。それは、ちょうどこの真下にある花壇の世話をするためなのです。
 ですからわたくしたち、ここで結さまの様子をこっそり見ているんですの。気づいてらっしゃるとは思うのですけれど、ここからでしたらあまり迷惑ではありませんし、朝なら他の目もありませんし。これなら迷惑にはなりませんわ。
 何より花の世話をする結さまは本当に眼福ですし――……なんて何を言わせますの! いえ、心にもないことではないんですけれど……ええ、思ってはいますけれど……本当に花と結さまですと、花が霞んでしまいますけれど、やはり美しい組み合わせですわ。結さまの優しさも充分に伝わりますし。
 あらあなた、疑っていらっしゃるのね。こんなに早朝からやって来て、その姿を目にしたいと思うほどの美人はそうそういないと。ふふ、いいんですのよ、隠さなくて。だって、わたくしもそう思っていましたもの。
 意外そうな顔をなさるのね。そんなことはありません。ここにいるのは、おおよそがそのように疑念を抱いていた者たちですよ。でも、断言出来ます。きっと貴方は来週も、この部屋にいることでしょう。この部屋で、結さまがいらっしゃるのを今か今かと心待ちにしていますわ。
 ええ――だって。結さまの美しさは、「美しさ」そのものなんですもの。