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Note No.6

小説置場

今日の話と明日の話

 役を受けることが決まってから、変わったことはいくつかある。
 まず、極力外に顔を出さないこと。これは元々露出が少なかったので、あまり難しいことではない。雑誌のプチ連載は続いているが、元々大した紙面の大きさではないから問題はないようだ。
 また、それに伴い住居も移動した。事務所の持っているマンションへの入居が許されたのだ。当初は結人一人であったが、中学生の弟たち二人を残しておくわけにはいかない、というわけで現在は同じ部屋に住んでいる。家賃は要らないし、光熱費は事務所持ちだし、部屋は広いし、ちょっとした贅沢を味わっている三人である。
 最後の点はといえば、マネージャーがついたことだろう。今までは単なる新人だったのでマネージャーは存在しない。スケジュールの把握も移動も、全て自己責任である。ただ、月9ヒロインにマネージャーがいない、なんてことはあり得ないので、役を受けると決まったからには早々にマネージャーが迎えられたのだった。
 そういうわけでマネージャーがついたのはいいのだが、いかんせんまだドラマの撮影も始まっていない。役が決まった、というだけで製作発表もないし、世間的には未だ結人は無名のままである。なので、マネージャーなんていなくても全く問題はないのだ。何せそれまで通り、結人が自身で管理出来る程度の仕事しかないのだから。
 とは言っても、最近では"役作り"の一環として様々な講習(マナーや言葉遣い)、習い事(華道・茶道など)でスケジュールはびっちり埋まっている。もっとも結人のことなので、全ての日程を完全に把握しているためにやはりマネージャーのいる意味はあまりなかった。
「ただいまー」
 そんなこんなで本日も、モデルの仕事ではなく月9ドラマのための習い事から帰って来た結人は、マンションの扉を開ける。(このマンションはセキュリティが万全なのでその点結人からしても大変安心できる)
「お帰りー」
「おかえりー」
 同じ年の弟二人、静貴と士音が出迎えてくれる。二人ともエプロンをしている点から察するに、どうやら夕食の準備をしているらしかった。
「ゆいと、ご飯、出来るよ」
 食べる? と首を傾げて聞いてくるのは士音だ。結人はよしよし、と頭を撫でながら「食べるよ」とうなずく。子ども三人しかいないので、基本的に家事は分担制である。しかし、最近は結人が忙しいので二人が結人の分を引き受けてくれている。
 手洗いうがいをしてからリビングへ行けば、既に夕食の準備は整っていた。ご飯にシチュー、サラダ、あと惣菜が一品。
「……これ何だ?」
「えー何だっけ。料理の本に乗ってた」
「鱈とベーコン、卵つけて、焼いた」
「……ピカタか。イタリア料理だな」
 薄切り肉に小麦粉と溶き卵つけて焼くんだよ、と答えると二人が曖昧にうなずく。二人とも、料理なんて出来上がればいいのであって名前には興味がないのだ。そんな二人を好ましく思いつつ席に着いて、三人揃っての夕食が始まる。
「で、今日は何だっけ。結人」
「マナー講習。パーティーのマナーとかなー……」
 白米を放り込みつつ遠い目になってしまうのは致し方ない。現在結人が学んでいるのは全て"女性の"マナーなのだ。否が応にも自身がヒロイン役であることを自覚する。
「でもゆいと、いらない、よ?」
 もしゃもしゃと口を動かしつつ、不思議そうに士音が尋ねる。静貴と結人は言いたいことを理解しているので、当たり前の顔で返答した。
「いや、俺さすがに全部男で出席してるから」
「そーそー。いくら結人でも、さすがに女で出させるほど鬼じゃねーもん」
 士音は無言で食事を続けているので、どうやら納得したようだ、と推測する。
 何が言いたいのかといえば、結人なら静貴関連で時々パーティーに出ていたのだから、今さらマナー云々の講習なんて要らないだろう、ということだった。確かに、静貴が社長令息だった頃には「便利だから」とか言って同行させられていたが、さすがに男としての出席である。
「……でも、別に講習要らなくね? お前、親父にみっちり仕込まれてたし。つーか一回やったら覚えるし」
 静貴が覚えているだけでも週に二回以上、それも毎週講習があるのだ。マナー講習だけではないにしても、教本一冊与えておけば次からは全て完璧に再現出来るのが目の前のこいつなのだから、そう何度も行く必要はないと思うのだが。
「ああ……静貴のおじさんにはほんと世話になった。その節はありがとう」
 ぼんやりと答えるのは、「人としての品格は外に出る」というわけで仕込まれた数々のものだろう。特に姿勢に関してはそりゃもう厳しくしつけられたので、猫背になることはあり得ない。
「……いや。俺の役、"お嬢さま"だろ。骨身に染みるほど、そういう所作とか繰り返してきたわけだからさ。やりすぎて困ることはない、っていうわけで毎回行ってるんだよ」
 講習担当の先生は事務所御用達らしく、訳知り顔だった。短時間でそれなりになるよう言われるのが大半なので、今回のように時間をかけられるなんて気合いが入る! とか言っていた。言っていたのだけれど、二回目で完璧にこなしてしまった結人を前にしたら別のスイッチが入ってしまったらしい。何でも"本当に社交界デビュー出来るレベルにします"と宣言していたくらいだ。
 それすらも軽々こなしてしまうので、先生はこっそり事務所に「あの子何者? 華族の血筋?」とか問い合わせているのだが、結人は知らない。
「まー、結人なら令嬢役なんて軽いだろうけどな。つーか女装に違和感ゼロに決まってるし」
「……うん、きっと、かわいいよ」
 役が決まってから他言無用とは言われていたが、家族には話していいと許可が出ていたし、秘密にする気は毛頭なかったので話した。二人とも馬鹿にすることはなく全力で応援してくれたし、むしろ結人よりも戸惑いは少なかった方だろう。毎週録画しねーとなー、とか何とか言っていたくらいだ。
「……いや、俺はいいんだけどさ」
 自分の顔が女顔だということは重々承知しているし、使える物なら何でも使う気なので、全然構わない。だから、ヒロイン役に関してはそろそろ吹っ切れる。ただ、一つ気がかりがあった。
「相手役の人がなー……。月9の主役、ていったらまだそれなりの威力あるのに。相手役のヒロイン男です、てそれでいいのかな……」
 ラブシーンが男相手なのである。さすがにそれはどうだろう、経歴に傷がつくんじゃないだろうか。それは何だかなぁ、と結人は考え込んでいるのだけれど、それを聞いている士音と静貴はいたって普通の顔をしている。
「……相手役誰だっけ?」
 静貴の問いに結人が答えたのは、国民的アイドルグループの一人だった。簡潔に答えられた名前に、静貴はぼんやり顔を思い浮かべる。士音はいまいちわかっていないらしく首を傾げたままだ。
「士音の好きなアイスのCM出てるヤツだよ。何だっけ、あのバニラの上にチョコがかかっててクッキーみたいになってる……」
「……!」
 ぽつぽつと漏らせば、士音は思い出したらしい。ぱああっと顔を輝かせて、上下に激しく首を振った。それを認めて、静貴は結人に話をふる。
「いいんじゃねーの? 別に騙したわけでもなし、知ってて受けたんだろ」
「そうだけど」
 相手役は、テレビで見ない日はない、という超有名人だ。格好良くて親しみやすいキャラクター、応援したくなる健気な感じと底抜けの明るさ、軽妙な語り口などから、国民的アイドルと称されるグループに属している。
 その中でも結人の相手役は、一番整った顔をしているのに弱気なヘタレキャラである。そこがいい、とも言われていて人気があるのは間違いない相手である。
「つーか、そこくらい力のある事務所じゃねぇと難しくね」
 弱小がそんなん受けて視聴率悪かったらつるし上げになるだけだし、と続ける。静貴は特別芸能界に明るいわけではないけれど、勢力展開はどこも同じであろうと見ている。結人がわからないはずがないので、気にしているのはそこではないこともわかっていたけれど。
「……男の矜持としてどうなのか、とか思ってんのかもしんねぇけど。それ、わかってて受けた相手に失礼。役者としての力量が不安だっつってるようなもん」
 役者なら相手が実際男だろうとラブシーンくらい演じるだろ、と続けられて結人は一瞬唇を噛む。しかしすぐに息を吐き出し、「そうだよな。失礼だった」と笑うと、さっさと食事に戻っていく。
 静貴はそんな結人を見てから、ふと士音へ視線を投げる。士音はぼんやりとした顔をしていたが、視線に気づいて顔を向ける。静貴は何も言わず、唇の端で笑っただけだったけれど。どうやら、言わずに呑み込んだ言葉は伝わったらしい。
(お前の女装なんて絶世の美女にしかなんねーんだから。傍から見りゃただの役得だっつーの)
 士音は同意するように、ニッコリと笑うのだった。