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Note No.6

小説置場

第一章 01

 呼び出しを無視するとか、しらばっくれる度胸はない。仕方ないので、大笑いしてさっさと帰った友人連中を横目に、終業式の後渋々職員室までついていった。
 俺を含めた四人の前で、先生は蝉の声にも負けない音量で騒いでいる。三十分以上続く説教に飽きた俺は、先生の机をぼんやり眺めた。時間割、顧問をしている水泳部の予定表、美味しい夏野菜の育て方、夏休みの宿題一覧。それら全ての上に、強い日差しが散っている。いい天気だ、これなら祭りも雨の心配がない。腹減ったな、屋台で何食おう。そんなことを考えていたら、先生は一段と声を張り上げて叫んだ。
「聞いてるの、園田くん!」
「あ、すいません」
 聞いてませんでした、の部分を飲み込んで答える。先生は吊り上げた目をそのままに、机の上に紙を四枚叩きつけた。
「あなたたちだけだからね、うちのクラスでちゃんとやってないのは!」
 B5版の紙が壁新聞の記事だということはわかっている。いくらか呼吸が落ち着いた頃を見計らって、おおげさにため息をついてから口を開いた。
「俺の力作を前にしてちゃんとやってない、なんて先生ひどい!」
「……これが力作?」
 先生がこっちに紙を向ける。昨日の夕食の献立と、絵、感想まで書いてある。充分力作だ。まぁ、締め切り思い出したの今日だけど。全部シャーペンだけど。美術の才能ゼロの俺の絵は、誰に見せても「え、何コレ食べ物なの?」とか言われるけど。
「せんせー、僕も! 僕だってまじめにやってるのに」
 俺の右隣に立っていた成島が口を開いた。はいっと思いっきり手をあげて訴える。一生懸命さをアピールするためなのか、小柄な成島はぴょんぴょんと跳ねる。その拍子に茶色がかった髪がふわふわ揺れた。
 成島の言葉に、先生は手元の記事を見る。俺もついでにのぞきこむと、どうやらグラビアのコピーが貼ってあるらしい。
「成島くんが書いた場所は一つもないでしょ!」
「ええー。戸川美保かわいいでしょー」
 そういう問題じゃないと思うけど、確かに戸川美保はかわいいし、成島にしては人を不安にさせてないだけマシだ。というかそんな壁新聞なら大歓迎だ。
 しみじみしていたら、成島の右隣にいた仁羽が「尾西先生」と声を挟む。成島よりも背が高い(というより成島の背は低い)から、頭が完全に飛びぬけている。黒髪と銀縁眼鏡に、つり目と刺々しい声が加わると気難しい学者みたいだ。
「少なくとも、俺の記事は他の三人とは違って、真っ当だと思いますが」
 先生はその言葉に、わずかに言いよどんだ。仁羽の記事を取り出し、目を通す。
「……でも、仁羽くん。ちょっと内容が難しくない? 他の人にもわかるものにしてくれないと。……みんなが読むんだから」
「そんなの、わからない人間が馬鹿なだけです。俺がどうこうすることではありません」
 手元にある記事には、二ミリくらいの字がすき間なく、用紙いっぱいに書かれていた。何これどんな呪いだ。馬鹿、という所で目が合ったけど、こんな呪いの言葉わからなくていい。
「……遠山くん」
 先生は最後の一人の名前を呼んだ。仁羽の右隣に立つ遠山は一番背が高いのに、猫背だから仁羽に隠れている。体重ないから細いし、常に眠たげだからつついたら倒れそう。
「せめて、文字は書いてね」
 遠山の壁新聞には、紙いっぱいに二重円が描かれていた。ドーナツか浮き輪のように見えるけど、相変わらずよくわからないヤツだった。
 先生は、一列に並んだ俺たちを順番に見て深くため息を吐く。そうしたいのはこっちの方だ。今日はお祭りだっていうのに、壁新聞ぐらいで貴重な夏休みが削られているのだ。
「……大体、あなたたちは四人グループなんだから。もう少し話し合いをして、統一性のある記事を書きなさい」
 そんなことを言われても困る。こっちだって、好きでこんなグループになったわけじゃないし、話し合いなんて一度もしたことない。そう思ったのは、他のメンバーも同じだったらしく、まず成島が「だって別に僕たち、仲良くないもん」と言い放つ。
「その通りです。無理やり作られたグループでは、効率も悪いとしか思えません」
 続く仁羽もそう言うし、寝てるだけだろうけど、遠山も反論しない。俺だってむしろ賛成だから、言った。
「こんな寄せ集めのグループに統一性なんて、求めても仕方ないと思いますよー?」
 先生は黙っている。仁羽がここぞとばかりにたたみかける。
「大体、どうして中学生にもなって壁新聞を作らなければいけないのかがわかりません。小学校までの授業の一環ならまだ許容出来ますが、俺たちは中学生です。意味があるとは思えません。もしもあるなら、ぜひ教えていただきたいのですが。まったくもって無意味な課題だと思います。何の役にも立ちません」
 なんで中学に入ってまで壁新聞なんだ、と俺も思っていたので内心拍手。先生は黙って聞いていたけれど、不意に笑った。
「今、十二時。下校時刻は六時」
 俺たちの後ろにある時計を指すので、振り返った。すると、短針と長針がぴったり重なっているのが目に入る。
「出来上がるまで居残りね。下校時刻はちゃんと守ること。それに今日はお祭りだから、六時にはちゃんと帰りなさい。……まぁ、それでも、六時間あるから――充分でしょう」
 視線を戻すと、ほほえみのようなものを浮かべていた。さっきまで吊り上げられていた目も普段通りだ。でも全然笑ってない。
「え、ちょっと待って先生! 今日お祭り! 俺お祭り行きたい!」
「約束でもしてるの? なら言っといてあげる。どうせ見回り行かなきゃだし」
「いやそーじゃないけど! あっち行ったらどうせ誰かに会うから約束はしてませんけどー!」
「じゃ、いいじゃない。さっさとやって行けば」
 食ってかかったのに先生はさらっと流す。思い出したように仁羽が「どうして放課後まで拘束されなければいけないんですか」と言うけど、やっぱりおだやかに言うだけだった。
「ちゃんと提出してれば問題なかったんです。現に、あなたたち以外に居残りなんていません」
 さっきまでの怒りはどこに行ったんだ、というくらい落ち着いて先生は言う。反論しようとした仁羽の言葉も遮って、優雅な口調で続けた。
「六時まで残って、書きなさい。やらないなら、毎日学校に来ること」