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Note No.6

小説置場

第一章 02

「まつりばやしがきこえる」

 それだけは止めてくれとお願いしたのに、先生は頑固だった。結局居残るか夏休みナシを迫られたのだ。そうなれば、居残りを選ぶしかない。
「仁羽が無意味とか役に立たないとか言うから、怒ったんだよー、きっと」
 職員室から放り出され、教室まで仕方なく四人で歩いていたら、成島が言った。仁羽がにらんでも、まったく気にしないで「でも夏休みなしなんて、居残るしかないよねぇ。せんせーだから絶対やらせるし」とか言っている。
 そうなのだ。我らが担任・尾西先生は、諦めが悪いというか諦めることを知らない。夜遊びをして家に帰らない生徒を夜通し追いかけ回して観念させたとか、未提出物の王者の家までプリント回収しに行くだとか、学校なんて行ってらんねぇ、と言って出て来ない生徒を毎日迎えに行ったとか。噂じゃなくて事実なのがオソロシイ。
 教室に着くと、思った通り誰もいなかった。日射しが真っ直ぐ注いでまぶしいのに、誰もいない教室はがらんとしていて暗く見える。みんなとっくに祭りへ行ったのだろう。帰り際、ばっかじゃねえの! と大笑いしていたクラスメイトを思い浮かべる。俺だって好きで居残るじゃないよ!! と言っても、「尾西なら諦めろー」と笑うだけだった。
「越野商店でいいよねー、お昼」
 誰に言うでもなく成島がつぶやいた。誰も反応しないし、そういえば、と思い出したことがあって口を開く。
「越野商店、今日早仕舞いだって。夜神輿の場所取りするから」
 クラスメイトから仕入れた情報を披露すれば、成島がそうなんだー、とうなずく。ああ、俺だって見たいのに……祭りに参加したいのに……。いっそこのまま学校出て脱走したいくらいだ。ちらり、と思っただけだったのに、それを読み取ったのか後ろから声がかかる。
「園田、テメエが逃げたら俺に迷惑がかかんだよ。わかってんだろうな……」
 振り向くと、仁羽が親の敵みたいな顔をして俺を見ている。暑さの所為かタダでさえ低い沸点がより低くなっている気がする。慌ててぶんぶん首を振ると、凶悪な顔そのままで、「なら黙って昼飯食って、さっさと終わらすぞ。逃げるんじゃねぇ」と凄んだ。
「そうそう。尾西せんせーはねー、ホントに毎日提出しろって来るし、電話もかけてくるらしいよー?」
 にこにこ、と笑顔を浮かべて成島が言う。そばで大あくびをしている遠山に向かって「ね!」と尋ねると、二秒かけてうなずいた。そうか、未提出物の王者が実体験を語るならそうなんだろう。ちゃんと出さないと、本気で夏休みナシにされかねない。しかも最悪四人の連帯責任とかにされるかも。これは今日中に終わらせるのが一番だ、と判断して早々に教室を出た。
 そういうわけで俺たちは、腹ごしらえをしてから図書室で作業を始めた。四階の端にある図書室は、学校内で一番風通しがいいのだ。特に奥の机は、窓を開けていれば結構快適だった。図書室は俺たち以外誰もいなくて、いつもよりひっそりしている。外の音も遠くて、帰っていくヤツラの声もぼんやり聞こえるくらい。後は蝉の声が響いている。
 何を書くか考えるけど、統一性なんて求められても困るのだ。協調性の無さは前から知っている。自分の意見を引っ込めないし、主張だけしかしないし、遠山に至っては一言もしゃべらない。
「だから、お前らが俺に合わせればいいんだよ。そうすれば担任も文句のつけようがない」
「仁羽の考えてることなんて意味わかんない。もっと中学生らしいこと書かなきゃだめだよ」
「……いや、でも、成島の『中学生らしさ』もどうなの。リアルすぎるから」
 それにグラビアアイドル詳しくないし、と言えば成島は胸を張って「あ、それは僕がちゃんと知ってるから!」と答える。それを聞いた仁羽が「そんな品性のない記事は書かない」と言い、「名前貸してくれればいいよ」と返し、「誰が貸すか」と切り捨てて妥協点が見つからない。
 こうなることがわかるから、このメンバーは嫌なのだ。小学校の時から自分の道を突っ走って、他人のことなんて眼中にない面子だってこと、嫌になるくらいよく知っている。中学になって改善されたかと言えば、むしろ絶好調で拍車がかかっている。
 最初は仲介してたけど、無意味さに気づいて口を閉じた。蝉が鳴いている声を聞く。机を挟んで真正面の成島は、何が楽しいのかニコニコと窓の外を見ている。成島の隣の仁羽は俺たちを無視して、『町政だより』を読んでいる。俺の隣に座っている遠山は机に突っ伏して寝ている。完全にいつも通り、誰とも関わることのない三人の光景だった。いつもの俺なら、誰か暇そうなのを見つけて声かけて何てことない話をしてるのに、今は誰もいないからそれも出来ない。大体話しかける話題がないから、ただぼんやりと蝉の声を聞いてる。
 それからどれくらい経ったのか、「……そういえば」と成島が口を開いた。窓の外に向けていた視線をこっちに向けて切り出す。仁羽が本に目を落としたまま、投げやりに返した。
「何だよ。俺の言う通りにする決心でもついたか」
「そうじゃなくてー、園田なんでここに居るの?」
「……は?」
 まさか俺にふられるとは思わず、さらにその内容が予想外過ぎたので、一声発しただけで固まってしまった。え、なんでって、なんで。
「だってさー、園田はいっつも誰かと一緒じゃない? ひとりになることないでしょー」
 机を挟んで俺の正面に座っている成島を、仁羽の隣で朗らかに笑う成島を、まじまじと見てしまった。成島は、俺の視線なんか気にしないで、言葉の続きを口にする。
「僕とかー、仁羽とかー、遠山とかは、いっつもひとりだけど。園田がひとりでいるとこなんて見たことない」
 成島の言葉に、仁羽が気づいたように「ああ……」とつぶやく。視線は落としたままで、そういえば、とうなずいた。
「大勢でくだらねぇ話してるやつらの仲間か」
 くだらないはないだろう、と思いながら「……壁新聞のグループ作った時、俺風邪ひいてたんだよ」と、口を開いた。事務的に発した声は軽い調子だったから、笑うのか、と思った。
「……で、学校出てきたらグループ出来てて。俺どこにも入ってなくてさ。余ってるのがここだけだったんだよねー」
 友だち連中には「お前ならどこでもやってけるから」と言われてしまった。とは言っても、小学校から噂やら武勇伝やら伝説やらをひきずっている連中だからみんな線を引いているというのに。何が悲しくて一緒に壁新聞なんて考えなくちゃいけないのか。
「うん、仁羽は昔っからかわいくないよねぇー」
 俺の顔色をどう読み取ったのか、成島が満面の笑みを浮かべている。いや、俺は充分、お前と同じ班だということも嘆いてるんだけど。
「仁羽と口げんかして泣く子、いっぱいいたもんね」
 目を細めて懐かしそうに言うので、そうだったなぁ、と思い出す。仁羽に口ゲンカで勝てる人間なんていなかった。たぶん今もいないだろう。呪いのように、攻撃のようにまくしたてられるのは、それだけで鬼気迫っていた。仁羽は成島の言葉に本を閉じて、低い声で返す。
「あんなの、泣く方がおかしい」
「あ、ひどーい。みんな仁羽の被害に遭ってるのにー」
 胸を張って言えば、仁羽は「みんなって誰だよ」と吐き捨てるけど、成島は怯まない。
「エッちゃんと、尾上くんと、ナミちゃんと、中根さんと、芳賀と、伊部っちと、コーくんと、みすずちゃんと、うえじーと、からきんと、スエちゃんと、ハツと、ヨーコちゃんと、三島と、小野くんと、ミチと、ガッシと、村瀬さんと、ヒーちゃんと、さかくんと、五味くんと、ちーと、宇佐美と、キーちゃんとー……」
「ちょっと待て」
 並べられていく名前に、仁羽が待ったをかける。このままいくと、いつまで経っても終わらないんじゃ、と思ったのだろう。俺も思った。
「お前、それ。本当かよ」
「メノウ様に聞いたんだからホントだよ。メノウ様を信じないの?」
 真顔で返され、仁羽は黙った。眼鏡の奥の目が、やってしまった、と言っている。その気持ちは、心の底からよくわかる。
 成島はかわいらしい顔をしている。ふわふわの茶色い髪に、大きくて丸い目は人形みたいだ。今でも小さいし、昔なんてそれこそしょっちゅう女の子に間違えられていたらしい。人懐っこいし、よく笑うし、何となく憎めないキャラであるはずだけれど。
「メノウ様はねー、すごいんだよー」
 真剣な顔で、そんなことを言い始める。「好きな人いるの?」とか「好きなタイプは?」とか聞かれて、「メノウ様」と即答し、胸を高鳴らせて返事を待っていた女子たちを凍りつかせたのは、有名な話だ。しかもその後、メノウ様の力や奇跡などを語り出し、なかなか解放されなかったらしい。
「メノウ様をね、信じないといつか罰が当たるんだよ」
 言いながら、ご神体と称している手のひらサイズのあみぐるみ(ぴんくのうさぎ)をポケットから取り出す。仁羽はやべえ、という顔をしていた。案の定、成島はご神体を動かし、光臨の様子を事細かに語ってくれた。止めても無意味だし、下手するといっそう熱が入ってしまうので、放って流していたら俺の隣に座っていた遠山が動いた。突っ伏したまま、体が動いている。どうしたのかと思えば、遠山の正面に座っている仁羽が蹴っている。一人だけ成島の被害に遭わないのがシャクらしい。遠山は何度目かの振動で目を覚ますと、あみぐるみに気づいたのか、つぶやく。
「……メノウ様……?」
 成島はぱあっと顔を輝かせて知ってるの? と叫ぶ。知らない人間なんていないと思う。
「……ああ、うん……。有名だから……」
 遠山の言葉に、やっぱり! と喜ぶけど、それは果たして喜んでもいい方向のものか。遠山はぼんやりと、続けた。
「保泉中とか……瑞原中の人も……知ってるって……」
 近所の中学の名前を出すので、うんうん、とうなずいた。うちの中学だけに限らず、他の中学まで伝わってるんだからメノウ様は結構メジャーだ。その話はわりと聞いたことあるので驚かないけど、それよりも。
「……おお、遠山よく知ってるな。ちょっと意外だわ」
 興味なさそうなのに、と言えば「イトコの……子どもがいるから……」とつぶやく。なるほど。俺もハトコいるし、親戚経由の情報なら嫌でも入ってくるよな。と納得してたら、仁羽が吐き捨てた。
「今更何言ってんだ、馬鹿じゃねぇのか。俺だってイトコ四、五人あっちの学校通ってんぞ。成島の噂なんて、町中知ってんだろ」
 親戚だらけなんだからな、と完全に馬鹿に仕切った顔で言ってくる。何だよ、と思ったのにいつの間にかメノウ様ワールドから戻ってきた成島は、全然気にせず言った。
「そうだよねー、うちの学校もっとすごいもんねぇ」
 別の中学にも血のつながった人間は多い。けれど、うちの小・中学校の方が親戚関係は濃い。クラスメイトがおじさんやら姪だったなんてのはもちろん、イトコとかハトコにもすぐぶちあたる。その他、兄同士が親友、自分の姉と友達の兄が先輩後輩関係、妹同士がクラブのパートナー、班員はお向かいさんと、後ろと、隣の家、なんてこともある。
 良くも悪くもみんな顔見知りなのだ。むしろ、そうでなかったら、俺以外の三人のメンバーは絶対いじめられていると思う。まあ、消極的にはハブだけど。
「親戚ごちゃ混ぜだよね……」
「寄せ鍋みたいだよなー。どの関係の人間も取り揃えてます! って感じ」
 言うと、仁羽がそれだ! と手を打った。何だ? と三人で仁羽を見ると、寄せ鍋だ、と言う。ごちゃ混ぜだ、とも。