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Note No.6

小説置場

第一章 03

「俺たちに統一性を求める方が間違ってる。だから、『統一性のなさ』で統一すりゃいい」
 壁新聞のことだと気づくまでに、数秒かかった。そういえばそんな話でここにいたんだっけ。他の二人も同じらしく微妙な顔をしていたら、仁羽に怒られた。
「本来の目的を忘れるんじゃねえ。それぞれ、記事の内容は今のままでいい。ただし、真面目に書け。俺はお前らくらいのレベルに合わせて書いてやる」
 恩着せがましかったけど、記事が終わるなら文句はない。あの担任のことだ、終わらないと本気で夏休みナシにされる。たぶん全員同じことを考えた。
 それぞれ、適当に図書館内に散る。俺はレシピ本から献立を抜き書き。去年描かされた生活習慣ポスターで人間が人間に見えない、と言われまくったので、絵の部分は潔くコピーだ。清書しろと言われたのでボールペンで書いたら、そこそこ見られる感じにはなった。仁羽は、最初のは何だったのかというくらい空白の多い文章に、図まで描いている成島は半分写真を貼り、もう半分は文字を書いている。遠山の二重円は浮き輪だったらしく、百科事典から抜き書きしていた。
 最終的に四枚の記事が揃った頃には、下校時刻はとっくに過ぎていた。けれど下校時刻通りに帰る生徒の方が少ないうちの学校なので、全然気にしていなかった。通いの用務員であるシゲちゃんは雑で不真面目でルーズだから、時間通りに仕事したことなんてない。ただ、祭りの見回りをするという先生はとっくに帰っているという不安はあったけれども、最悪明日出しに来ればいい。
「終わったぁー」
 成島が伸びをして、メノウ様のおかげ、とつぶやくけど聞こえないふりをした。遠山も、ぼそりとつぶやいた。
「……お祭り……まだやってるみたいだね……」
「さすがに終わるの早いから! 夜はこれから!」
 叫んでから耳を澄ました。夕暮れに染まる風景の向こうから、蝉の声にまぎれてお囃子が聞こえてきた。成島が「よく聞こえるねぇ」とつぶやく。水上神社ってそんなに近かったけ、と思ったけどきっと風下なんだろう。
 席を立った成島は窓に駆け寄り、戸締まりをしていた。俺はお囃子の方に注意が向いてしまって、そわそわしている。神社までの長い石段に吊るされた提灯の明かりとか、屋台の食べ物とか、景品とか。思い出して胸がはやる。このまま行くって言ってあるし、さっさと行かねば! 夜になれば神輿も帰って来るし、それまでに神社に行かないとつまらない。
「そういえば、水上神社って何祀ってるのかな? よく行くけど知らない」
「メノウ様じゃねえのは確かだ」
 成島のつぶやきに仁羽はそっけなく返したけど、意外にも遠山が答えた。ぽつりと、ゆっくり。
「……河童……と人と、ハーフ……」
「ハーフ?」
 くりくり、と大きな目を瞬かせて成島が尋ねる。遠山はゆっくりうなずくだけで説明をしないので、成島はハテナという顔をしていた。仕方ないのでもう少し言い足そうと声をかける。
「……成島、やんなかった? 小学校の生活科で、瑞原町水神伝説みたいなの」
「忘れちゃった!」
 清々しく言い切られ、まあそうだよなーと思った。成島がメノウ様以外に関心を持つわけがない。とりあえず伝説だけ思い出そうとしたけど、残念ながら俺の記憶力はそういう方面は受け付けていないらしい。
「あーえーと……河童と、人と、河童と人のハーフがいて、協力して何かを倒したんだって」
 ものすごく適当に言ったら、盛大に仁羽が舌打ちした。「中途半端に覚えてんじゃねぇよ、気持ち悪い」と言うと、にらむような顔でまくし立てる。
「大昔、この辺りは河童と人間が共存してた。ある時災厄が訪れ、双方が危機に瀕した際立ち上がったのが河童と人間、両方の混血だった三人だよ。三人が命を賭して災厄と戦い、打ち払ったから、水上神社は三人を合祀してる。災厄が現れる夏の時期、神様が降りてきて厄除けをして各家を回るのが今やってる祭りだ。小学校の時、散々神輿の後ろ、囃子連中の山車引かされただろうが」
 あまりにもスラスラと出てくるので、記憶力良すぎて逆に馬鹿なんじゃないかと思った。成島はそうなんだーと言って、パチパチ手を叩く。すごいけど、あれこれ常識なのかな。遠山も知ってたし。あ、でも遠山は小学校の時、神輿の先頭歩く露払いやってたからかも。
「僕ねー、あれは覚えてたんだけど。んーと、自分と似た河童がいるやつ」
「……水鏡伝説だね………」
 答えたのは遠山で、成島がそう! とうなずいた。もう一人僕がいたらいいなって思ってたんだよ、と言ってにっこり笑った。
「……祭りの日は……あっちも祭りをやってるらしいから……出て来やすいらしいよ……」
 だから会えるかもね、とぼんやりした声で言うと成島が嬉しそうにやった! とか言っている。あれ、でもこれって喜んでいいんだっけ。会ったらあっちに引きずりこまれるとかそういうんじゃなかったっけ……と思ってたけど、遠山は無表情ながら淡々と伝説を話している。聞いている成島も楽しそうだし、内容はホラーなのに、二人を見ていると単なる世間話をしているようにしか見えない。
 仁羽は途中から面倒になったのか、俺たちを放って歩いて行ってしまった。でも、扉の前で止まって動かない。どうしたのか、と思って見るとドアノブをひねっている。はじめは静かに、だけれど段々激しく、ドアノブを回し出した。成島と遠山も気づいたらしく、仁羽を見ている。同じ動作を繰り返してドアの周りを点検してから数秒後、こっちを振り向くと言った。
「……開かねえ」
 俺はまたまたぁ、と笑った。そんな冗談面白くないよ、と言うと、仁羽は固い表情のままで「じゃあ園田やってみろよ」と言うので、扉まで歩いていく。
 位置を入れ替えてドアノブに手をかける。右に回し、押す。開かない。反対に回しても引いてみても、がちゃがちゃと音を立てるだけで、全然開かなかった。成島も遠山もやってみるが、やっぱり開かない。俺たちは黙り込む。
「……内側から、開かないよねぇ」
 成島がぽつりと言う。ドアノブはつるりとした銀色で、つまみも何もついていない。それ以外にも、内側から開けられる鍵のようなものは見当たらなかった。
「……閉じ込められたって感じ?」
 あはは、と明るく言ってみるが、反応はなかった。むしろ仁羽が眉間にしわを刻んで、シゲちゃんに対して「あの用務員、何考えてやがる」と文句を吐く。
「いつになく真面目だね、今日は」
 基本的に大雑把でルーズなシゲちゃんは、下校時刻二時間後くらいに鍵かけに来るような人だ。下校時刻の存在、覚えてたのか……としみじみしかけたけど。成島が不思議そうに「急いでたのかな?」と言うので、ああっと思わず声を出していた。そうだった、そういえばシゲちゃんってば。
「そういや全力で祭り楽しみにしてたよ!」
 思い出した。神輿担ぎたいけどなかなか叶わねぇから最前列で神輿見るんだって言ってたよそういえば。俺の叫びに仁羽は、そういうことは早く思い出せ! と怒鳴る。
「しょーがないじゃん! てか、だって中に人いるの気づくでしょ普通!」
「……気づかないよ……」
 ぼんやりとした視線のままで、遠山が答えた。眠そうな顔のまま「あの人、基本的に雑だから……人閉じ込めるの、これが初めてじゃないし……」とつぶやく。え、それまさか。
「……遠山、閉じ込められたの初めてじゃない……?」
「……今年に入って三回目だね……」
「まだ七月なのにすでに三回目か! 多すぎるだろ!」
 部活の人に見つけてもらって、出られたけどね……とか遠山は言うけれど。駄目だ、あの用務員駄目だ。豪快で小さいことは気にしない人だとは思ってたけど、せめてそれくらいは気にしてほしい。重い沈黙が落ちそうになって、成島が声をあげた。
「部活やってるんじゃない?」
 その言葉に、校庭側の窓に近寄る。野球部なんて日が暮れてから解散だし、その後自主練してる人間だっているはずだ。けれど。
「……いない……」
 そおっとのぞいた窓硝子の向こう、校庭には人影が一つもなかった。校庭を取り囲む木やフェンス、まだ点いていない外灯は、夕日を受けて黒い影をただのばしている。蝉の声も聞こえなければ、風もないのか動くものすら何もない。ひっそりとした校庭は、影絵の世界みたいだ。四階から叫んで聞こえるかな、とも思ったけど、そんな心配いらなかった。そもそも呼ぶべき人間がいない。動くものが一つもなくて、生き物の気配すら拭い去られてしまったみたいだった。
「体育館にも誰もいねえ。真っ暗だ」
 向かい側の窓を見てきた仁羽が、戻ってくると言った。眼鏡から射殺すような視線を向けている。校庭にも体育館にも、人はいない。残るのはこの校舎内だけ、だけれど。
「鍵が閉まってるとなると、帰った可能性の方が高いな……閉じ込めたことも知らねぇで」
 先生たちは、何も知らずに祭りの見回りに行ったんだろう。つまり助けてもらえる可能性は低い。他の人が気づいてくれたらいいんだけど、それはかなり怪しい。
「電気もつかないのにねー」
 その通り、と成島の言葉にうなずく。点検とかで、放課後から明日いっぱい学校の電気がつかなくなる。夏休みだし、室内の部活は明るい内の活動だから、問題はない。ただ、今の俺たちには思いっきり問題だった。電気がつけば誰かに気づいてもらえるかもしれないのに。
 遠山も無言でうなずいているし、同じ考えに行き着いたのかもしれない。けれど、仁羽だけが「はあ!? 何だそれ」と素っ頓狂な声をあげた。鋭い目で聞かれる。
「……聞いてねぇぞそれ。いつ言ってた?」
「あー……。……今日の朝。出席取った後」
 だよな、と目で確認すると二人がうなずいた。仁羽は俺の返答に数秒考え込んでいたけれど、ぽつりとつぶやく。
「……騒ぎの後か……?」
 言われて今朝の風景を思い出す。明日から夏休みというわけで、ちょっと教室は浮き足立っていた。それは毎年のことだけど、今年はより浮かれまくったのが数人出没していた。
 そいつらは、「教室にいたんじゃ、祭りに参加出来ない!」「せめて音だけでも祭りの雰囲気を味わいたい!」と言って教室を脱走。校舎内じゃ神輿のパレードさえ聞こえないから、神輿の通る国道まで行こうとして捕まる、という騒ぎが起きていた。うちの学年だったから先生たちみんないなくなった。で、帰ってきてから朝の連絡事項で言ってたから……。
「あーそうそう、あの騒ぎの後だ」
「っつーことは俺が資料取りに行ってる時じゃねぇか!」
 仁羽が吠えた。そういえば先生が、いなくなる前に夏休みの資料を持ってきておくように、と前の席の数人に指示を出していた。仁羽の席は扉側の一番前だ。もっとも、意外と早く捕まったので、仁羽たちより先生の方が早かった。その間に伝えたらしい。
 口々に同意を示すと、仁羽が無表情に黙り込む。それから、地面の底からふつふつとわきあがるマグマのように笑い出した。視線だけで人が殺せそうだ。今なら眼鏡からビームも出せると思う。最後には大魔王のようなほほえみで、あのババアッと毒づいていた。